温泉に行こう!
久坂は手紙を広げ、読み始める。
その横から、寺島は手紙をちらりと見た。
達筆である。
桂は幼少の頃から書道が得意なことで知られている。
寺島は眼を手紙からそらした。
横から読まれていたら、久坂は読みづらくなるだろう。
そう思ったからだ。
しばらくして。
もう手紙を読み終わっているはずの久坂は、それでも手紙を持ったまま動かずにいる。
「……桂さんは、なんと?」
気になって、寺島はたずねた。
久坂の眼がこちらに向けられる。
「桂さんは、今、先生の説得役をしているよね」
「はい」
松風は藩庁の命令により入牢したのだが、藩の上層部は松風が憎くて牢獄に入れたのではない。
この御時世だから自重してほしいのである。
だが、松風は牢内から他藩の攘夷志士あてに手紙を書き送ったりしている。
そういったことをやめるよう説得する役目を、松風からも頼りにされている桂がおおせつかったのである。
「桂さん、かなり苦労しているみたい」
「……それはそうでしょうね」
なにしろ、あの松風が相手なのだから。
久坂はさらに言う。
「僕がこのまま帰らなかったら、桂さん、そのお役目を投げ出して、隠居するってさ」
うっ、と寺島は声を喉につまらせた。
なんと返事をすればいいのか、わからない。
「桂さんの場合、ただの脅しじゃなくて、本気の可能性が高いんだよね」
桂は優秀な人材である。
だが、繊細すぎるところがある。
生家の母と姉が病のため相次いで亡くなったときには、嘆き悲しんで、出家すると言いだしたことがあった。
それは幼少とは言いがたい十五歳のときのことだ。
有能であり、いいかげんな人間ではないが、たまに世をはかなむ癖がある。
すべてを捨てて隠遁生活に入りたがる。
「このままだと、僕は、桂さんがお役目を投げ出す口実にされてしまいそうだ」
久坂の声は重かった。