温泉に行こう!
廊下を急ぐ足音も聞こえてきた。
その音はどんどん大きくなる。
この部屋に近づいてくる。
そして。
「久坂! 寺島!」
部屋に入ってきた。
「久しぶりー、元気にしてた?」
品川嘉二郎が天真爛漫な笑顔を向けた。
「カ、カジ……、どうして、ここに?」
久坂も笑顔だ。
しかし、いつもとは違って少し引きつっている。
「ああ、それは」
嘉二郎は答えようとしたが、途中で口を閉じた。
別の者が部屋に入ってきたのだ。
「久坂さん、寺島」
童顔で、小柄。
元服を済ませているとは思えない。
「お久しぶりです」
山田市之助が主に久坂に向かって頭を下げた。
「イチ、君まで……」
「僕はカジの付き添いです」
堅い表情で市之助が言った。
眉間にシワが寄っている。不機嫌なのではなく、本人にとっては、大人に見える表情のつもりなのだ。
それが本人の期待するような効果をもたらしているかどうかについて、寺島は意見を差し控えておく。
「イチがカジの付き添い……?」
「うん、そう」
嘉二郎はうなずく。
「高杉から、久坂が帰ってくるように説得してこいって頼まれたんだ」
屈託のない様子で、そう告げた。
寺島は久坂のほうを見る。
めずらしく久坂が他人の迫力に押されている。
嘉二郎の天真爛漫さに勝てる者はいない。
さすが、高杉さん。
最強の刺客、いや、使者を送りこんできた。
そう寺島は思った。