温泉に行こう!
「……いいのではないでしょうか」
寺島は穏やかに言う。
「俺は久坂さんほどではないですが、学問ができるほうらしいので、それで生計を立てていければと思います」
「塾で教えるってこと?」
「はい。それができれば、ですが」
「できると思うよ。向いてそうだし」
さらりと久坂は告げた。
その表情は明るく、無邪気だ。
機嫌がすこぶる良さそうで、なによりである。
これから先、この町で暮らしていく。
それを寺島は考える。
寺島はかろうじて名字帯刀がゆるされている下級武士の家の次男だ。
冷や飯食い、という立場にある。
家が裕福ではないこともあり、学業成績優秀のため藩校の寮に入ることが許可されると、すぐに入寮した。
もともと、学問に関係する仕事に就ければいいと思っていた。
ただ、これまで考えていたのとは、場所が異なる。
それだけだ。
そう寺島は思った。
直後。
部屋の外から、声が聞こえてきた。
別段めずらしいことではない。
だが。
「寺島、今の声って……」
久坂が表情を変えている。
とまどっているようだ。
それは寺島も同じだ。
さっき聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
そして、ここで聞くはずのない声だった。
頭にその者の姿が浮かんでいる。
なぜ、その声が。
まさか。