温泉に行こう!
「今のところ、高杉の手紙を読む気はないよ」
「久坂さん」
「実は、この町に住まないかって勧められているんだ」
久坂は寺島の言葉をさえぎるように話し始めた。
この町に住むように勧めているのは、この町の有力者たちである。
久坂は三男で、両親と次兄は亡くなっていて、長兄が家督を継いでいる。
藩の役職についてない、藩校の学生であるので、ある程度の自由がきく。
だから、いっそ、この町で詩吟の師匠になってみてはどうか。
久坂ほどの才があれば、充分それで暮らしていけるだろう。
住む家などは、喜んでこちらで気に入ってもらえるようなものを用意する。
そういう話らしい。
「それもいいかなって思ってる」
朗らかに久坂は言った。
明るく笑っている。
笑っているのは、いつものこと。
だが、今の笑顔は自然なものであって、作ったものではないように感じる。
久坂は黒くもあるが白くもある。
この町でのんびりしているうちに、白を通り越してお花畑状態になったようだ。
けれども。
寺島は考える。
久坂は頭脳明晰で、弁がたち、容姿端麗なこともあって周囲の者を惹きつける。
三男であっても、この逸材を藩政府が放っておくわけがなく、いずれ重用されることになるだろう。
だが。
久坂は桜と詩を愛し、さらに恋愛小説を好んで読んでいたりもする。
才知と気質が、妙に噛みあっていない。
そんな気がする。
もし城下に帰れば。
難題が待ち受けている。
皆が久坂を頼ってくるだろう。
久坂はそれに応えようとするだろう。久坂はたしかに黒くもあるが、その性質は基本的には善良だから。
そして、まつりあげられるだろう。
困難な状況の中の、責任者として。
才に恵まれていたら、その代償のように、才を発揮しなければならないのだろうか。