温泉に行こう!
「寺島は手紙を読んでいたみたいだね」
久坂が寺島の近くに整然と置かれている何通もの手紙を見て、言った。
ただし、この手紙はすべて久坂宛である。
あまりにもたくさん手紙がくるので、久坂が面倒くさがって寺島に押しつけたのだ。
読まれて困るようなものはないだろうから、寺島が全部に眼をとおして内容を把握して必要なものだけ自分に知らせてほしい、と。
「なにか、あった?」
「そういえば、高杉さんから手紙がまた来てましたよ」
寺島は高杉から来た手紙を手に取り、久坂のほうに差しだした。
だが、久坂は受け取らない。
「内容は、いつもと同じ?」
「ええ、まあ、そうですね」
「じゃあ、いらない」
久坂は笑顔で拒否する。
高杉からの手紙の内容はいつも要約すると、早く帰ってこい、だ。
それに従うつもりのない久坂にしてみれば、手紙を読む気も起こらないのだろう。
「だいたい、高杉の手紙ってさ、細かい字でびっしり書いてあって、内容もくどくどしていて、読んでいてうっとうしくなってくるんだよね」
ずいぶんな言われようだ。
さらに久坂は続ける。
「高杉は口では乱暴なことを言ったりするけど、内面は細かいっていうか神経質なのが、あの字にあらわれてるよ」
そして、あなたの字にはあなたの内面の大雑把さがあらわれているんですね。
そう寺島は内心ツッコミを入れた。
それはともかくとして。
「ですが、もう何通も来てますし、そろそろ読んで返事を出されたほうがいいのでは?」
それに読んでみたら案外おもしろいのに、と寺島は思う。
内容を要約すれば、早く帰ってこい、だが、文面に変化がある。
最初は、この重要な時期になにをしているのだ馬鹿者が早く帰れ、というような高圧的な文面だった。
それが今では、不満があるなら聞こう皆が心配しているから早く帰ってこい、というような最初の頃と比べると譲歩した低姿勢な文面になっている。
その文面を思い出し、寺島はそれから受けた印象を別のものに重ねる。
普段は亭主関白な夫が妻に家出されて、日が経つにつれ、あせってきているみたいだ。
そんなふうに感じる。
しかし、もちろん久坂には言わない。
高杉の妻にたとえられたら、怒るかもしれない。
にっこり笑いながら、なにか報復してくる可能性がある。
それは、さすがに、避けたい。
なにしろ、久坂は華麗なる人脈と久坂のためなら命も惜しくない信奉者たちを持っている。
寺島に出世欲はないが、それでも、久坂が本気になればこの先いろいろと生きづらいことになりそうだ。