温泉に行こう!
きっと高杉はいっそう腹をたてるだろう。
そう市之助は予想し、ハラハラする。
だが、高杉は絶句している。
どうやら、嘉二郎があまりにも無邪気すぎるので、言い返せなくなったようだ。
カジって無敵……!
市之助は胸の中だけで声をあげた。
すごいな、と感心する。
はっきり言って、嘉二郎は学問が不得意だ。
けれども、他の塾生は嘉二郎には勝てないところがある。
そういえば、松風も嘉二郎の人柄を気に入っていて、他の塾生よりひいきしていたりもする。
高杉の張っていた肩が下がった。
「……まあ、いい」
力の脱けた声で、高杉は言う。
「問題は、あのバカを帰らせるにはどうしたらいいかだ」
そういえばそうだった。
その問題を話し合うために、市之助と嘉二郎は高杉の家に呼ばれたのだ。
いつのまにか話がそれまくってしまっていたが。
「あのバカを、いつまでも温泉にのんびりつからせてはおけねーからな」
久坂さんはずっと温泉につかっているわけじゃないと思う。
そう市之助は心の中でつぶやいた。
それはともかくとして。
「手紙を送っても返事が来ない状態ですから、難しいですね……」
眉間にシワを寄せて考える。
どうしたら、せめて返事が来るようになるか。
どんな内容であれば、久坂の気持ちを引きつけることができるか。
「あ、そうだ」
ひらめいた。
「書いた手紙の上に水を何滴か落として、文字をにじませてみたらどうでしょう? 涙の跡、みたいに」
一瞬、沈黙があった。
そして。
「それいいね! 高杉が書きながら泣いたって思ったら、久坂もぎょっとして帰ってくるかも!」
「バババババ、バカ言うんじゃねェ! そんな恥ずかしい真似、できるか! 俺は絶対にやらねェからな、そんなこと!」
嘉二郎と高杉から正反対の反応が返ってくる。
しかし、嘉二郎が賛同しても、肝心の高杉が拒否しているので、策としては不採用になる。
市之助はガックリと肩を落とした。
「もういい! 俺ひとりで考える!」
怒っている様子で高杉は腕を組み、眼を閉じた。
策を考えているようだ。
しばらくして。
「ああ、こうしよう」
そうつぶやき、高杉は眼を開けた。