温泉に行こう!
むしろ……。
なにかを連想させるな、と市之助が考えていると。
「あっ! わかった!」
市之助の隣で同じように正座していた品川嘉二郎が明るい声をあげた。
嘉二郎は同じく塾生だ。
家の家格は武士階級の中では底辺に近く、貧しい。
けれども、本人はいつも朗らかである。
「さっきから、高杉を見て、なんか頭がもやもやしてたんだけど」
身分も歳も上の高杉に向かって、嘉二郎は友達相手のように話す。
無邪気そのものの様子だ。
「今の高杉って、奥さんに逃げられた旦那さんみたいだね!」
あっ、そうか、たしかにそのとおりだ……!
市之助はそう納得する。
だが。
すぐに。
たしかにそのとおりだけど、言うのはマズいことなんじゃ……!?
そう市之助は青ざめた。
案の定。
「なんだとー!?」
高杉は激怒し、嘉二郎につめよる。
「俺の、どこが、妻に逃げられた亭主なんだ!? それに、俺が亭主なら、だれが妻なんだ!?」
「もちろん久坂」
「ふ、ふざけんな! あ、あ、あんなのが俺の妻なもんか!」
「たとえ話だよ」
「そんな変なたとえ、するんじゃねェ! 気持ち悪ィ。だいたいなァ、あんなヤツが女だったら、迷惑だろ!」
「そうかなー?」
「ヤツのことだ、平気で、国のひとつやふたつ、滅ぼすぞ!」
市之助の頭に、もしも久坂が女だったら……、という想像が浮かんできた。
思わず見とれる美しい容姿に、聞き惚れてしまう美声。
加えて、あの才知。
そのうえ、腹黒いとウワサの性格。
男をあっさり手玉にとってしまうだろう。
「……たしかに、それぐらいはできそうですね」
つい市之助は言った。
しかし。
「でも、それはそれで、おもしろそう!」
嘉二郎は笑った。
天真爛漫、という感じである。