研究員と少女の一日
会う度会う度、友嘉に「誰?」と真顔で怪訝な視線を向けられることも一乃瀬自身いい加減慣れてもきたが、それでも自分より10も年下の少女にここまで素気無い反応をされるのも、大人として少々プライドが傷つくものだ。愛璃の話では単に人の顔と名前を一致させるのが苦手、ということらしいが、友嘉の場合それ以上に、人と接することが苦手な様子がある。
一乃瀬も、人は嫌いだ。他人に嫉妬し、妬み、蔑み、足を引っ張る無能な奴ら。それが一乃瀬の「人」に対する評価だ。だからこそ己の研究は己の手で。他人などに任せは出来ないし、いつこの立場を足元から掬われるかも分からない。毎日が「人」との戦いだ。「他者を受け入れない」。その一点においては、一乃瀬も共感出来る。
……いや、一乃瀬自身の事は今はどうでも良いことだ。そんな友嘉の教育係に任命されて、早二月。当初は拒絶にも近い態度だった彼女も、最近ではこうして一乃瀬と交流を図るようになってきた。
相変わらず口数は少ないため一体どんな心の変化が起こっているのかは一乃瀬には理解できなかったが、それでも、多少なりとも嬉しかった。例えて言うなら、拾ってきた捨て猫がようやく自分の手から餌を食べてくれるようになった……と言った所だろうか。
「…そうだな」
多少思考の回り道をしながらも、一乃瀬は友嘉の質問に答えるべく考える。――が、そう悩まぬ内に結論はすぐに出てきてしまった。悩んだのは、導き出された解を率直に伝えるべきかどうかだ。
だがその悩みもあまり考えぬ内に解決してしまった。一般的に、人は他者に何かを尋ねる時や何かを話しかけた場合、その内容に対する返答は「どんなものでも良い」とは思っていない。いや、意識的にはそう思っているつもりでも、無意識下では既に望んでいる答えが存在しているのだ。一乃瀬の過去付き合っていた女性がそうだった。そう言った「欲しい返答」を望んでいる輩には、自分の思った通りの意見を言うのは好ましくない。
だから一乃瀬は過去の恋人には本音をさらしたことは無い。いつでも面倒を避けるために、相手の望む事を返してやっていた。その度にその女は確かに喜んでいた、と思う。