研究員と少女の一日
友嘉にこんな表情をさせられる件の女性が羨ましく、同時にこんな表情を見られるのなら子守りという名が相応しいであろうこの唯一学校に通っていない、友嘉の教育係という役職ももう少しだけ続けてもいいかもしれないと――……そこまで考えて慌てて頭を振りその考えを頭から追い出していた、ということは一乃瀬本人だけが知っていることである。
それはともかくとして、友嘉は本を読むことが好きらしい。と言うのも本人がはっきりと告げた訳ではないのだが、何かにつけて彼女は空いた時間にいつも違う本を持っていたし、一乃瀬が教材として持ってきた教科書代わりの専門書も、淡々と、それでも真剣に読んでいた。
読む本は何でも良いらしく、こうして分類不能なジャンルの小説を読んでいることもあれば、哲学、経済学、機械工学、薬学、医学。辞書に住所録に子供向けの絵本、ふと気付けば様々なものを読んでいる。一度戯れに一乃瀬が個人的に購入してきた、薬学関係の専門語録の飛び交う上級者向けの本を与えてみたことがあったが、その時も途中眠ることも本を閉じることもなく、いつもと変わらぬ調子で全てのページを読了してくれたことがあった。
あの時は単なる冗談、もしくは常日頃の友嘉の態度に対するちょっとした仕返し、のつもりだったのだが予想以上の友嘉の頭の良さに驚いて暫く言葉が出なかったことは、記憶に新しい。
「………」
一乃瀬の返答を待っているかのように、友嘉は深緑色の瞳でじっと一乃瀬を見つめていた。――こうして、友嘉が一乃瀬に話しかけてくるようになったのはごく最近のことだ。
友嘉は、人見知りが激しい。
と言うと少々語弊があるが、友嘉は基本的に彼女達の属する組織のリーダーであり、研究所の1班の主任を務める才女、卯月愛璃。それと、友嘉の直属の上司である遙女史の二人にしか懐いていない。それは勿論、一乃瀬の上司であるこの製薬会社の若社長が相手だろうが、同じグループに存在する少女――生憎一乃瀬はその少女に毛嫌いされているため、名前までは知らなかった――でも、例外ではない。