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いちとせ くろ
いちとせ くろ
novelistID. 1268
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研究員と少女の一日

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――もし。もしも、今貴方の目の前には殺したいと憎んでいる相手がいて。尚且つ貴方の手には凶器が握られていたとする。相手は決して逃げられぬ拘束状態にあり、万が一間違いが起こったとしても、事が露見することは決してない。
 そんな時。貴方は、その相手を、どうしますか?




 室内に、朗々とした声が響く。決して声量は大きくはないものの、よく通る涼やかな声色に少女の紡ぐ台詞を聞いていた男は黙って耳を傾けていた。やがて少女は言いたい言葉を全て言い終えると、満足したように口をきゅっと一文字に閉ざし一冊の分厚い本から顔を上げる。小さく静かな動作に、少女の若竹色をした明るい緑の髪が揺れる。天然では有り得ない色。だが、少女の髪はまごうことなき本物だ。
 しかし、男――……一乃瀬潤は、それが少女が人であり人であらざる者故の印なのか、それとも少女が今よりももっと幼い頃に受けていた、非人道的な研究と実験の結果なのか、知らない。ただ、こうして少女が動く度揺れる、人工的な天然の色を持つ髪色を見ると、いつも思う。
 ――まるで未だ咲き切らぬ小さな花の蕾を覆い隠す葉のようだ、と。
 凛とした瞳が自身の薄藍色の瞳を射抜くと、一乃瀬はふと我に返る。丁寧にアイロンの掛けられた皺一つない白衣の前、組んでいた腕を解き、一乃瀬は友嘉の手元へと視線を向ける。
「……悪趣味な質問だな、椎名君。今度は何からの引用だ?」
 一乃瀬がそう問いかけると、少女――……椎名友嘉は、無言で手に持っていた分厚い本の背表紙を此方に向けた。印字された題名には昔映画化された本のタイトルが書かれており、その下には著名な作家の名前が刻まれている。先日、彼女の敬愛する上司である遥女史に、「面白いから」と勧められ貸して貰ったらしい。普段無口な友嘉が一乃瀬相手に、珍しく饒舌に――といっても、普段より少しだけ言葉数が多いだけだが――嬉しそうに微笑みを浮かべ、興奮からか仄か白い肌に朱を昇らせて教えてくれた。
 その微笑みがあんまりにも幸せそうで、瞳に常に浮かび続ける拒絶の色すら、その時は無いように見えた。14歳と言う少女には少しだけ不釣り合いな、それでも子供らしさの残る笑みは、不覚にも可愛かった。