あかいくつ
『この手紙がわたる君の手に届くかどうか、わかりません。自分で手渡す勇気もありません。でも、書かずにはいられませんでした。』
ところどころ、インクがにじんでいる。涙のあとみたいだ。
それから、靴を持って行った時のことが書いてあった。
『……ママはうわごとで、いつかわたしがバレエの発表会で踊った「赤い靴」のことを何度も繰り返しました。だからママのために踊りたかったのです。
たまたま持ち合わせがなかったので、わけを話して借りようと思って、わたる君の家に行きましたが、お店にだれもいなかったので、つい、黙ってもってきてしまいました。だから、ばちが当たったのです。あの日、ママは死にました』
あの日……?
あの夜だ! 庭で踊っていた……。
手紙には自分の生い立ちから、今までのことが書いてあった。
両親の顔も知らないで施設で育ったこと。上野小路家で働いていたおばあさんがひきとってくれたこと。そのおばあさんがなくなってから、奥さんが養女にしてくれたということ。
何不自由なく暮らせるようになって、いつも不安に感じていた、本当の自分はだれなのだろうか、と。
赤い靴に心を奪われて、自分を失った童話の主人公に、境遇が似ていたあやこさんは、自分を重ねていたんだ。
(だから、靴を返そうとしたのに、ぼくは)
胸が締め付けられて、ぼくは声を上げて泣いた。小さな子どもみたいに。
「わたる」
いきなり後ろから声がした。びっくりして振り返ると早紀がたっていた。
「なんだよ。あとをつけてきたのか」
おどろいたのと、泣いているところを見られた気恥ずかしさで、ぼくはうろたえた。
いやみをいわれるかと思ったら、早紀はハンカチをさし出した。
「彼女、いいとこあるじゃん」
「ああ、おまえも、な」
決まりが悪くてぼくは悪態をついた。早紀はくすっと笑うと、テラスの手すりに腰掛けて海をながめた。
「きれいねえ」
と、つぶやいた横顔が、一瞬あやこさんみたいに見えて、ぼくは思わず目をこすった。
砂浜へおりる石段を歩きながら、ぼくは手紙の内容や今までのことを早紀に話して聞かせた。
「育ての親の奥さんも亡くなってひとりになったけど、アメリカにいる奥さんの弟に引き取られるんだって」