あかいくつ
あやこさんはすまなそうに言った。それから何か話そうとしていたけど、ぼくはあやこさんが盗みをしたなんて信じたくなかったし、言い訳も聞きたくなかった。
だから、とてもその場にいられなくて、あわてて身をひるがえすと、自転車に飛び乗った。
「待って、話があるの!」
あやこさんの声をふり切って、自転車を走らせながら、ぼくは心の中で叫んだ。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう!
夢だと思って、全部忘れようとしたのに。
このとき、あやこさんの家の中はすっかり片づいて、ひっこすばかりになっていたことに、ぼくは少しも気づいていなかった。
二学期の始業式の日、登校すると、クラスではあやこさんのうわさでもちきりだった。
お母さんが亡くなって、あやこさんはこの町から引っ越していくのだそうだ。
ぼくは学校に来て、初めてそのことを知った。
「外国に行くんだって」
「あら、施設に入るってきいたわ」
とか、男子も女子も大人のうわさから聞きかじったことを言っている。
「でもさ、あの家のほんとうの子どもじゃなかったんだってね」
「いいよな。金持ちの子になって。おれも金持ちにもらわれたい」
みんな勝手なことを言ってる。むかついたので一言言ってやろうと立ち上がったとき、ぼくより一瞬早く早紀が叫んだ。
「もう! みんな、勝手なことを言わないのよ。今、彼女がどんな気持ちでいるか、考えないの?」
たちまちクラス中がしんとなった。早紀のこの意外な態度はぼくを驚かせた。
学校の帰り、ぼくは別荘に行ってみた。庭には、まだいくつかのひまわりが咲いている。
「わたるくーん」
あやこさんの声がした。
「あや……」
二階の窓に向かって手を振ろうとして、はっと息をのんだ。窓は閉まっている。
「空耳……か」
中途半端にあげた腕をもてあましたぼくは、空気をつかむようにむなしく手を握った。
そうだ。このもどかしさは、もしかしたらあやこさんがいつも感じていたものかもしれない……。
太陽になれないひまわり……。その意味がわかりかけたような気がした。
庭を進んでいって、裏に回ると、テラスのテーブルの上に赤いものが見えた。
あの靴だった。そして手紙が一通。あやこさんがぼくにあてたものだ。
テラスの椅子に腰掛けて、封を切った。