あかいくつ
(そうだよ。もう、いいんだ。早紀が何と言おうと……)
お母さんの楽しそうなようすを見ていると、蒸し返すことはないような気がして、忘れてしまおうと思った。
夏休みはほとんど毎日、自転車でりょうたの家へ行った。宿題をやるにも、海で泳ぐにも、りょうたの家の方が都合がよかったから。
その行き帰りに別荘のそばを通るけど、窓はしめ切られている。毎晩、ぼくの部屋から見てもまっ暗だった。
ところが、八月も後半に近いある日。りょうたの家からの帰りに、突然、あやこさんがへいの上から顔を出した。
「わたる君」
びっくりして急ブレーキをかけたので、バランスを崩してたおれてしまった。
「ごめんなさい。だいじょうぶ?」
「うん。平気、平気」
さそわれて入った庭は、ひまわりがたくさん咲いていて、いつかの夜とはずいぶん印象がちがって見えた。
白いワンピースを着たあやこさんは、まぶしいくらいきれいだ。
テラスの椅子にふたりで座ると、真っ青な夏色の海が眼下に広がっている。
「いいながめでしょう? わたし、ここから見る海が一番好き」
そうして、ぼくの方を大きな瞳で見つめながら言った。
「ごめんね。ひきとめちゃって。わたるくんに会いたかったの」
ぼくはどきどきして顔がほてった。
なにか気の利いたことを話さなきゃ。と思ったそのとき、ぼくの目にひまわりが映った。
「あ、あの、ひまわりの花って好き?」
何を言ってるのか、自分でもわからなかったけれど、あやこさんは、
「ええ、わたし、好きだわ」
と、にっこり笑った。
「ぼくも好きなんだ。明るくてさっそうとしてて。上野小路さんみたいだなって思う」
ぼくは、照れくさかったけど、素直な感想を言った。
そうしたら、あやこさんはちょっと顔をくもらせて、さみしそうに笑った。
「でも、ひまわりは太陽になれないのよね」
ぼくには、その意味がよくわからなくて、黙ってしまった。
また、沈黙の時間が流れた。
すると、あやこさんは、つと席を立って奥に行くと、何かを持ってもどってきた。
それを見てぼくはおどろいた。
「あ、その靴」
「ごめんなさい」