あかいくつ
ところがそのうち、ぼくは「あっ」と叫びそうになって、口をふさいだ。
なんてことだ。あやこさんがはいているのは、あの盗まれた赤い靴じゃないか。
たちまち、ぼくは夢からさめたようになって、あわてて家に帰った。胸がどきどきして、なかなか寝つけなかった。
明け方近くになって、ようやくうつらうつらして、お母さんに起こされたときには、頭がぼんやりして、全部夢だったような気さえしてきた。
次の日から、あやこさんは学校を休んだ。用事で東京に行く、としか言わなかったらしく、先生もわけを知らなかった。
結局、あやこさんは欠席したまま、一学期の終業式を迎えた。
帰り道、後ろから誰かが走ってくる足音がしたので、振り返ったら早紀だった。
「あの人、おじょうさまじゃないわよ。昔いたお手伝いのおばあさんの孫なんだって」
わざわざそんなことを言うために追いかけてきたのか。ぼくはあきれて、
「それがいったい、なんなんだよ」
と言い放って、そのまま歩き続けていると、早紀は猛ダッシュして、ぼくの前に回り込んできた。
「それがね、奥さんに養女にしてもらったんだって。本物のおじょうさまじゃないのよ」
「だから、そんなことがなんだっていうんだよ!」
ぼくはむかついて声を荒げた。すると早紀はぼくよりももっと大きな声で、しかも勝ち誇ったような口ぶりで叫んだ。
「だからぁ! 平気で靴を盗んだりするのよ」
心臓が、どくんと大きく波打つのを感じた。
それから冷や汗がじんわりとにじんでくるのがわかった。ぼくは言葉もなく立ちつくした。 あのとき、妙にあっさり引き下がったけど、早紀はぼくのうそを見抜いていたんだ。
「わたし、ほんとは見たんだもん。たまたま通りかかったら、あの子が靴を抱えてお店から出てくるところだった」
「ち、ちがうったら、あの人がそんなこと、するわけないじゃないか!」
そう言い返しながら、体が妙に熱くなって行くのを感じた。
「いいわよ。そんなら」
ぼくの剣幕にしらけたのか、早紀はそういってぱっと走り出した。
早紀の言ったことはたぶん本当だ。でも、ぼくは認めたくなかったんだ。
家に帰ると、店にはかわりの赤い靴が届いていて、ウィンドゥーに花が咲いたようだった。
お母さんは『赤い靴』を歌いながら、楽しそうに靴をみがいている。