あかいくつ
授業中、ぼくは落ち着かなくてちらちらとあやこさんの顔を見てしまった。白い横顔は、図工室にある石こうのビーナスに似ていた。
放課後、夏休みの自由研究のテーマを決めようと思って図書館に行ったら、あやこさんがいた。
ちょうど本を借りたばかりのところで、『赤い靴』という表紙が見えた。
「これ? アンデルセンの童話」
と、ぼくの視線が本にあることに気づいたあやこさんは、表紙を見せながら言った。
「ごうまんで、みえっぱりな女の子が、天使に呪われて、赤い靴をはいて、死ぬまでおどらなきゃならないっていう話なの」
無表情で、冷たく笑ったその顔を見たとき、ぼくは、背すじがぞくっとした。
赤い靴がなくなったウィンドゥーは、はなやかさが消えて殺風景だ。お母さんが大事にしていた気持ちが何となくわかる。
でも、赤い靴には何か、女の子をひきつける力があるのだろうか。
およそ、似合いそうもない早紀までが、あの赤い靴を好きだったなんて。
男にはわかんない、という早紀の言葉がひっかかって、お母さんにきいてみた。
「赤い靴って、女の子には特別なの?」
すると、お母さんの答えは複雑で、よけいぼくを混乱させた。
「お母さんはね、小さいころ、童謡の『赤い靴』をきいてね。赤い靴をはいたら、外国に連れていかれて青い目になっちゃうって、本気で思っていたの。だから、こわくてはけなかったわ。だけど、本当は、はきたくて仕方なかったのよ」
だって。女心ってへんなの。
お母さんが持っていたアンデルセンの童話を借りて『赤い靴』を読んでみた。
とてもぼくにはついていけない世界だと思った。
その晩、ぼくは気味の悪い夢を見て目が覚めた。赤い靴をはいた足が、いっぱい出てきて踊っているんだ。
むし暑くてたまらないので外に出たら、別荘の庭がぽうっと明るくなっていた。
あやこさんに何かあったんだろうか。気になったぼくは、自転車を走らせた。
低いへいを飛びこえて、そっと庭に行くと、不思議な光景がうかんでいた。
花だんのあちこちに、火をともしたろうそくがおかれ、ぼんやりとしたその明かりの中に、踊るあやこさんの姿が浮かび上がった。
くるくるとまわるたび、真っ白なドレスのすそがゆれる。とても幻想的で、妖精でも見るように、ぼくの目はくぎづけになった。