あかいくつ
うちは靴屋といっても、漁師町なので、売れ筋は長靴や普段履きのサンダルだ。しかも中年向けがほとんど。ほかには学校ではく運動靴やら通学用のスニーカーだ。
おしゃれな靴も少しはあるけど、それは慶弔用で黒ばっかり。
だからその靴は、店が華やかになるからと、返品せずに飾っていた、お母さんのお気に入りだった。
「たしかに、お昼すぎまではあったのよ」
こんな小さな町だし、どろぼうなんてぶっそうなことを口にしたら、たちまち大事件だ。
「しょうがないな。靴一足のことだし、さわがないほうがいい」
お父さんが言うので、お母さんも
「そうねぇ。しかたないわね」
と、しぶしぶ納得した。
次の日の昼休み。
早紀があやこさんと裏庭にいるのが、廊下の窓から見えた。
何か言い争っているみたいなので、気になったぼくは、急いで外に出た。
昇降口を出て、裏庭へ曲がろうとしたら、あやこさんがこっちへ走ってきて、ぼくとぶつかりそうになった。
「ごめんなさい」
うつむいたまま、彼女はあわてて昇降口へ入っていった。
そこへ、早紀がものすごく不機嫌そうな顔で歩いてきた。
「なに。わたしがいじめてると思ったの?」
「いや、別に。ぐうぜんだよ」
「ふん、どうだか。でも、上野小路さんには気をつけた方がいいわ」
「何を!」
ぼくがちょっと怒ったような顔をしたので、早紀は仏頂面で言った。
「昨日。お店からなくなったもの、ない?」
「べ、別に。知らないよ」
ぼくがぷいっと後ろを向いて、教室へもどろうとすると、早紀は強い口調になった。
「赤い靴がないじゃない」
ぼくはとっさに出任せを言った。
「あ、あれ。きのうの昼間、売れたって」
「ほんと?」
早紀はぼくの顔をのぞき込んできた。冷や汗が出そうだ。ところが、あんがいあっさりと引き下がって、残念そうにつぶやいた。
「そっか。あの靴、好きだったのにな」
「ええっ?」
ぼくはびっくりした。すると早紀は、
「ふん。男にはわかんないの」
と、肩をわざとぼくにぶつけて走っていった。
靴を盗んだのはあやこさんなんだろうか。
早紀の口ぶりではそういうことになる。