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エイプリル・フール

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「別に、誰でも構わないよ。まぁ、最もそこのお父さんが行きたがるかもしれないけどね。娘さんと再会できるわけだから。」
真美を生きたまま返すつもりは十分あるみたいだった。圭介は幾分ホッとしてしまった。
「それにさ、社長、分かってるでしょう?“宝”は日本にあるんだからね。」
社長の眉がかすかに動いた。
そうだったのか、その“宝”は日本にあるのか。詳しい事を知らない圭介は、蚊帳の外にいるような気分だった。
「まぁ、明日になるまでに考えといてよね。こっちから連絡入れるからさ、PC、開いたままにしておいてよ。それじゃ。」
そう言うなり、画面はプツリと消え、シャットダウンを始めた。
五人の大人を乗せた車内は酸素が薄い気がした。妙な息苦しさを感じる。数秒間、全員が放心状態だった。最初に口を開いたのは社長だった。圭介の方に顔をゆっくりと向けて来た。
「大橋、お前、日本に行く気あるか。」
しばらくの間社長と見つめあってしまった。自分の心臓がどくどくと響いているのが聞こえて来た。返事に迷っているような空白の時間だったが、圭介の頭の中は真っ白だった。どれくらいそうしていたのかは分からない。
覚えてもいない。
ついに圭介は動いた。言葉は発せなかったが、首をゆっくりと縦に振った。

~第八章~

「わー、綺麗な街ね。」
黒い髪が風になびき、どことなく優雅な印象を与える。
「ロンドンかー、なんか全然実感ないや。こないだまで日本にいたのになー。」
そうだな、と圭介は適当に相槌を打った。
ベランダからはロンドンの町並みが少しながら見渡せる。真美は目をキラキラさせて周りを見つめていた。
「これから、ヨーロッパライフだー!わくわくしちゃうな。」
そう言った時だ。
向かいの家から、輪っか付きのロープが飛んできて、真美の体に巻きついた。一瞬の出来事だったので、何が起こったのか分からなかった。すると突然、真美の体は向かいの家の方に飛んで行った。まるで人形のように軽々と体が宙を舞っていく。
向かいのベランダには、男が立っていた。
ロンドン・アイの幹部の日本人だ。圭介に向ってVサインを送り、家の中へとはいって行った。どこからともなく轟音が響いてきた。すると、彼がいた棟ごとガラガラと浮きだした。やがて、完全に宙に浮遊し、その棟は遥かかなたへと飛んで行った。圭介は、大声で叫ぼうとした。しかし、声が出ない。真美、真美、真美!!!そう叫んだつもりだった。次の瞬間、圭介は座席からはね起きた。首筋から汗が噴き出て、背中に冷たく流れた。
周りを見渡したら、全員ぐっすり寝ていた。飛行機は太平洋の上空にいた。
「嫌な夢みたな。」
圭介はそう呟き、機内のトイレへと向かった。

***
久々の故郷の地に足を踏み入れた時、思わず安堵のため息がこぼれた。目に飛び込んでくるものは、母国語ばかり。なにより、落ち着くのが「おかえりなさい」の一言が書かれた看板。アナウンスからは日本語が聞こえる。入国の際、国民として入れることも圭介に優越感を与えた。
おおよそ二年ぶりの日本。
こんな事が理由じゃなれば最高な気分なのに、と思いながら銀色のスーツケースをガラガラと出口の方へ押して行った。
外に出ると、生ぬるく湿った空気が体を包み込んだ。日本の独特な気候。やはりロンドンより断然暖かい。
圭介はタクシーを拾った。右側が運転席なのはロンドンと変わらない。
「OXホテルへ、お願いします。」
「へい。」
日本語が通じると、やはり楽だ。いくら英語ができるかといって、決してそっちの方が話しやすいという訳ではない。
「いやあ、しかし日本は相変わらず湿度が高いですね。」
圭介がタクシーの運転手に話しかけるのは珍しかったが、気持ちが高ぶっていたせいだろう。
「そうですねー。春だからまだいいけど、これが夏になるとつらいこっちゃありゃしない。」
気前のよさそうな顔つきをした運転手がくしゃくしゃな苦笑いを作った。
「ええ。ここん所日本の気温を忘れかけていましたよ。」
「おや、そりゃ、お客さん、どちらからですかい?」
「実は、今妻子共にロンドンで。」
「ほえー、ロンドン!そりゃ遠いですな!遠路はるばるお疲れ様ですわ!」
「どうも。」
「奥さんも、子供さんも、幸運ですな、ヨーロッパにお住まいできて!」
「はは、そんな事はないでしょう。いつかは日本に帰りたいとか言いだしますよ、きっと。」
圭介は自分の表情が完全に弛緩しきっている事に気付いていた。
しかし、この先はとんでもないハードスケジュールであった。
このタクシーの中はつかの間のリラックスタイムだ。
これから、圭介はロンドン・アイの関係者と対面するという重役を担っていたのだ。
***
ホテルに到着した。料金を払い、軽く挨拶を交わしてタクシーを降りた。降りた、というよりかは降ろされた。ベルボーイがさっさとやって来て、ドアを開けて待っていたのだ。銀色のスーツケースも既に手元にある。
「お荷物は、こちらでよろしいですか。」
「あ、はい。自分で持っていきますので、結構です。」
人に接待されるのをあまり好まないタイプなので、こういう事をされても決して気分は良くない。
最近のホテルは過剰接待だな、と思いながら圭介はロビーでチェックインをした。
「お待ちしました、お客様。お部屋は805号室です。」
どうも、と頭を下げ、圭介はエレベーターの方へと向かった。
エレベーターに乗り込む時、ふと、背後に視線を感じたような気がした。振り向いてみたが、辺りには一般人の客がうろちょろしているのしか見当たらなかった。警戒心が高まってしまっていたのだろう。
気のせいか、と思い、圭介はエレベーターに乗り込んだ。
805号室に電子キーを差し込み、中へ入った。一人用の狭い部屋だが、なかなか豪華に装飾されている。
今日明日のところは、ここが彼の拠点となる。
上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
「さてと。」
PCを出し、机の上に置いた。さっそく社長、井上、桐島、そして千春宛てにメールを送った。
無事到着しました、という至ってシンプルな内容だった。
作業を終えると、圭介はベッドの上に仰向けになってみた。やはり疲れているようだ。そうしている内に、うつらうつらして来た。
しばらくしてかかってきた電話の音で彼は飛び起きた。
「あー、びっくりした。誰だよ、もう。」
文句を言いながら受話器を取った。
「もしもし。」
「大橋圭介様でいらっしゃいますか。」
若い女性の声だ。フロントの人だろう。
「はい、そうですけど。」
「私、フロントの田崎と申します。大橋様にお電話があります。」
「電話?誰からですか。」
「お名前がジャイルズ様という方からです。」

受話器を落としそうになった。聞き間違えたかと思い、目をぱちぱちさせた。余りにも意表を突かれてなにも言わないでいると、田崎と名乗るフロントの女性から話してきた。
「繋いでもよろしいでしょうか。」
我に返り、返事をした。
「あ、はい。お願いします、ありがとうございました。」
しばらくして、電話が外線と繋がった。
電話の相手が切り出した。
「もしもし。」
「誰だ。」
聞き覚えのあるカサカサした笑い声。
「何だよ、そんな言い方ないだろう。」
幹部の男だ。
作品名:エイプリル・フール 作家名:しー太郎