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エイプリル・フール

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その電話はロンドン・アイの幹部の一人と名乗る男性からだった。
「社長。分かってるよね。あと4日だよ。」
驚くべき事実は、相手が日本人だった事だ。
「待て、しかし、君たちが情報を提供してくれない限り、私達は非常に行動をしづらい。そんなことは百も承知だろう。なぜ、こんなに回りくどい事をする。」
社長は普段の平常心を少々失っているようだが、冷静さを欠かすまいと努力しているのが伝わってきた。
電話の相手は少しの間黙っていた。壁にかかった時計の秒針が動く音がやけに大きく鳴り響く。
不意に、受話器からカサカサした笑い声が聞こえて来た。
「ああ、そんなことは分かっているさ。変に気にかけなくていいさ。それより、忘れないでほしいんだけどね。“宝”。」
社長がごくりと喉を鳴らした。受話器の声は喋り続けた。
「でもさ、変なことしないでよね。ほら、突然来たからびっくりしちゃったじゃない。」
部屋にいた人々が何の話かを即座に理解した。
「なぜ、彼を殺した。」
「なぜって、そんな単純な事聞かないでよ。当たり前じゃない。あんたらがした事は不法侵入。」
犯人がからかっているような口調で話している事は誰が聞いても明白だった。
「まぁどうせだからさ、ご丁寧にメッセージも残してあげたんだけど。見てくれたかな。」
あの皮肉なほどに鮮やかで美しい深紅の血で描かれたメッセージが圭介の脳裏で蘇った。
「見たさ。」
社長は囁くような低い声で答えた。
「あれはどういうことだ。」
「そのまんまさ。でもさ、警察もいるじゃない。だから、やっぱりやめておこうよ。だって、そもそもこっちの目的は大英博物館なんかにはないしね。」
真剣にやり取りを聞いていた圭介は何の事を言っているのかいよいよ解せなくなって来た。
「何が言いたい。」
「まぁ、いいさ。じゃ、しきり直しだ。大英博物館はやめ。代わりに、ハイド・パークだ。明日一日中いるからさ。探してよね。じゃ。」
電話がプツリと切れた。
「あ、おい!」
社長はまだ何か言いかけたが、スピーカーからはツー、ツーと空しく電子音が鳴るだけだった。
「くそ、舐めおって。ただじゃ置かないぞ。」
子機を本体に荒々しく戻しながら社長は言い捨てた。
「とりあえず、今の内容はすべて録音しておきました。」
千春がスピーカーと録音機のスイッチを消しながら言った。
「しかし、日本人とは、どういうことでしょうかね。」
井上がオールバックの頭を撫でながら言った。良い所を突いていた。日本人がイギリステロリストの幹部職に就いていたとなると、一大事に違いない。
今の電話は圭介達にとって非常に重要な資料である筈だ。絶望的に暗中模索していた自分たちに僅かではあるが希望の光が差し込んできたような気がした。

~第六章~

四月三日。
あと三日。
圭介は腕時計を10分と経たないうちに五回は見た。刻一刻と迫りくる時間が貴重なのは大いなる事実だ。そのため、長々と時間を取る警察の事情聴取は取分け無意味なものに感じた。
それは会社の4階の人事管理室の小部屋で行われた。イギリス人と日本人の二人組の警察官が担当していた。日本人の方はどうやら通訳などをし、時折自ら質問を入れては、イギリス人の方に説明を付け加えていた。
面倒くさい。どうせあんたたちにはわからないと思いながら、圭介は自分の出番を待っていた。
桐島と組まされたボディーガードが部屋から出て来た。圭介はそそくさと腰を上げ、失礼しますと言って小部屋に入った。勿論、今は貿易会社の一社員として演技をするのである。そのへんの対策は十分に取ってあった。
単純すぎると言っていいほどの質問に圭介は淡々と答えた。警部たちの方の表情にも疲れがあらわになって来ていた。五分ほどで事情聴取は終了した。
また腕時計をちらっと見た。11時ぴったり。待ち合わせ時間になってしまった。圭介は早歩きで人事室を出て行き、エレベーターに乗り込んだ。ロビーではいつもの面子が待っていた。
今にもジャイルズが圭介の後を追って、すみません、遅れましたと言いながら姿を現しそうな光景だった。
圭介は小走りで近寄った。
「すみません、今終わりました。」
「おおう、やっと来たか。」
桐島がソファーから腰を上げた。一行はぞろぞろと歩きだした。ロビーの奥の非常口から地下駐車場まで階段で下りた。
しかし、向かった先は駐車場ではなかった。地下一階に降りたところで、ボイラー室へ入った。電子ロックを解除し、扉を開けると蒸し暑い空気が一気に流れ出して来る。体勢を低く、狭いボイラー室の装置を避けるようにして歩いた。奥にもう一つ扉があった。ダイヤル式の重い扉だ。それを開けると、もう一つ扉があった。そこは、眼球認証式のロックが付いていた。中には防弾チョッキや武器がずらりと綺麗に並べられていた。
全員装備が終わると、三つの段ボール箱に武装品を入れ、それをもって来た道を慎重に戻り駐車場に出た。
「さて、行きますか。」
井上が言うと、全員気合が入ったような姿勢になった。
車を二台、発進させた。一つはバン、もう一つはセダンだった。段ボール箱はバンの方に積んである。それには社長と井上の二人。もう一つのセダンには圭介、桐島、千春の三人。
外は、圭介たちの気分とは裏腹に晴天だった。暗い駐車場とは対照的に明るく、眩しかった。圭介は思わず眼を一瞬覆った。
車を走らせることおおよそ30分、一同はハイド・パーク付近に辿り着いた。
ハイド・パークは、ロンドン市内にある王立公園であり、周りにあるグリーン・パーク、リージェンツ・パークなどと肩を並べる広さを誇る。
セダン組は桐島を残して全員降りた。バンは違う場所で駐車し、井上だけが降りて来た。犬を連れている。大きなラブラドール・レトリーバーだった。自分が何でいるのか分からない、無邪気で純粋な瞳を持っていた。黒いマーブルの様な眼を井上に向け、舌を出して呼吸している。
圭介と千春はあたかもカップルのように振る舞い、井上は赤の他人のふりをしながら犬の散歩をし出した。
しばらくして、桐島が降りて来た。清掃員の格好をしている。
圭介と千春はひたすら北上した。彼らはハイドパークの北側から探索することになっている。井上は西へ犬と共に向かっていき、桐島は南側へゴミ箱を押しながら歩いて行った。
捜査開始だ。
***
捜査を始めて四時間が経過した。それらしき人は一向に見当たらない。さすがに圭介の足は疲れて来た。千春も足を引きずるように歩いている。かんかんと真上で照っていた太陽はいつの間にか西の方に沈みかけていた。それでも、日が高いため、決して日差しが弱くなったとは言えない。
「第一、この中から探せって言われてもね。」
「ええ、無茶ですよ。もう、疲れました。」
千春はそう言ったが、警戒心を緩める様子は全くなかった。ようやく、重要な連絡が入ってきた。
その連絡は社長の携帯電話に届いたらしく、慌てて全員の無線に接続して来た。
ロンドン・アイの幹部からだった。
「どう?見つかった?」
相変わらず何かと呑気な口調だ。
「そんな訳ないだろう。お前らの様な輩がのこのこと出てくるはずがないことも分かっている。どこにいるんだ、言ってくれないとなにも始まらないだろう。」
作品名:エイプリル・フール 作家名:しー太郎