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RUN ~The 1st contact~

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「僕の場合、こういう組織に属していた方が、身動きが取りやすいんです。それに、僕を欲しがったのは組織の方なので、そんなに驚かれる筋合いはないですよ」
 トムはそう言いながら、またパソコンをいじりだす。
「……わけがわからない。結局、ランが捕まって、FBIが来たのはなんのためだったの? FBIは……」
 圭子はパンクしそうな思考回路を必死に保とうとしている。
「元々、FBIが俺を迎えに来たわけじゃないのさ。本物だけどな」
 ランが言った。
「え?」
「念には念をってところだ。言ったろ、おまえの属する組織は新設されたばかりで、どの程度の実態かわからない。中途半端な小細工するよりは、本物のFBIに協力してもらったほうが、説得力が増すだろう? まあ、新設組織が俺のような人間を裁けるとは、もともと思ってなかったがね」
 圭子は肩を震わせた。
「じゃあ本物のFBIが、芝居を打ったというの?」
「FBIの件は、司法取引と言っただろ。俺自身が犯罪者でも、やつらが欲しがる情報は腐るほど持ってる。それに俺が日本に来ることは、全裏社会が知っていた。それは、俺がそういう噂を流させたからだ」
「どういうこと?」
「俺は日本に来て、空港でおまえたちに捕まった。これは筋書き通りのシナリオだ」
「……最初から、仕組まれていたってこと? どうして……」
 圭子の言葉に、ランは圭子を見つめ、静かに口を開いた。
「おまえに会うためだ」
「……え?」
「日本の国際犯罪機密処理班は、最近出来た新しい組織だ。そこにおまえがいることは情報を得ていたが、なにせまだわずかなファイリングすらない。とりあえず組織実態を知るためにも、一度俺が捕まるのが手っ取り早い方法だったんだ」
「ひどい。信じられない」
 圭子は耳を疑った。確かにランを連行出来たのは、国際犯罪機密処理班が出来て初めての大仕事だったが、意外にも簡単だった。それがまさか、こちらを探るためのものだったとは、処理班に所属する圭子には、ショックな話であった。
「事実だ」
「じゃあ、連行された男は? あなたが飛行機に乗るところは、警視庁の人間が見ていたのよ?」
「それは用意していた別の男だよ。同じ国際犯罪者だがね。取り調べ室を出てすぐに、すり替わった。刑期の減刑と、多額の金で交渉した相手だ。今頃はコードネーム・ランとして、マスコミを賑わせているはずだ」
「……それで?」
「だから、一度会った程度の外国人、おまえの組織の連中もすぐに忘れるよ。捕まったという先入観もあるしね。俺は堂々と、日本で動けるって計算だ。ほとぼりが覚めたら、捕まったやつは偽だとバラす」
 先の先まで考え抜かれた、緻密な計算だった。それにまんまと乗せられた自分の組織に、圭子は愕然とする。
「それで、本題は何だ?」
 ランが圭子を見て言う。圭子は沢山の疑問を抱えていたが、ショックを抑えて口を開く。
「今日、漆黒龍会の幹部が二人、殺されたわ。あなたがやったんでしょう?」
「仮にそうだとしても、だから何だ。仕事に関しては、何も言えない」
 ランが答える。
「じゃあ、これからどうしようとしているの?」
「言っただろ」
「不可能だわ……すでに組員たちはピリピリして、街の均衡が保てなくなってる。あんな大きな組織を潰すなんて、私にはあなたの考えていることがわからない。何がしたいの? どうするつもりなの?」
 圭子は負けじと、話を続けていた。
「……おまえには、関係ない」
「あるわ!」
 その時、トムがテーブルを軽く叩いた。
「集中出来ないのですが」
「ああ、悪い」
 ランはそう言いながらも、同じ体制のままで、何の改善もしようとしていない。
「なんなら、僕から言ってあげようか? 彼女も計画の一人なんだろ?」
「こいつとの関係はもう終わった。こいつが気にしなければいい話だ」
 トムの言葉に、ランはそう言って、煙草に火をつけている。トムは苦笑すると、圭子を見つめた。
「ミス・圭子、安心して。ランと僕が組んでるんだ。どんな大仕事も片付けるから」
 圭子は、自分の境遇がわからなくなっていた。兄を殺した犯人を殺したいほど憎んでいるが、一警察官として、目の前の人物が犯罪者というのを、みすみす見逃すわけにはいかないと思う。
 沈黙の中で、トムは手近にあったメモ用紙に、何やら落書きをしているようだった。そして素早く立ち上がると、圭子にメモ用紙を渡す。そこには、とある豪華客船のデッサンが書かれている。デッサンというのに、短時間で細部まで描かれていた。
 意味がわからずに、圭子がトムの顔を見つめると、トムは優しい顔をして微笑んでいる。ラン同様、一目見ただけでは、決して殺し屋などには見えない。ただ、不気味な馨りが漂う。
「僕らのターゲットは、これ」
「トム」
 トムがデッサンを指さして言う。それをランが制止したが、トムは話を止めない。
「いいじゃないか。さあ、圭子。この豪華客船、乗ってる者はターゲットのみ。どうやってやっつける?」
「え?」
「答えは簡単。こうすればいい」
 トムは圭子が掴むメモ用紙を、くしゃりと握り潰した。
「……船ごと潰すというの? それで漆黒龍会が壊滅? 話がうますぎる。簡単すぎるわ」
「冗談じゃない。大の一流スナイパーが組んでるんだ。これは手の込んだ計画だよ。なあ、ラン」
 トムの言葉に、ランが苦笑する。
「お喋りだな、トム。おまえは女に弱すぎる」
「僕が? 僕は女子供も平気で殺せるよ、ラン。君と違ってね」
 ランは静かに笑うと、圭子を見つめる。
「トムがここまで話してしまった。もう後戻りは出来ない。おまえはこれ以上、何が知りたい?」
 圭子は覚悟を決めたように、ランから目を逸らさない。
「……すべて」
「……いいだろう。トム、データを出してくれ」
 ランがそう言うと、トムはすぐにパソコンへと向かう。
「オーケー、出たよ」
 パソコンの画面を圭子に向け、ランは画面を指差す。画面には、無数の人物名簿が出ている。
「これは、俺たちが追っている、漆黒龍会の個人データだ。数日後、このデータに載っている全員が、中国マフィア所有の豪華客船に乗り合わせる」
 圭子はランの言葉に驚きながらも、トムが言っていた意味が、ようやくつながり出した気がした。
「海上の豪華客船で、親善を兼ねてのパーティーがある。主催は中国マフィア。もちろん、その下である日本の漆黒龍会は、断ることなど出来ない。すでに全員が出席するように、互いの組織に仕掛けてある」
「ランが追っているのは漆黒龍会、僕が追っているのは中国マフィア。二人の利害関係が一致したんだ。船は出港したら最後、陸に着くことなく沈む。もし体調を崩したりして乗船出来ないやつがいたとしても、数えるほど。必ず仕留める」
 ランに続いて、トムが言う。そしてトムは言葉を続けた。
「マフィアと漆黒龍会の連中は、現在、中国を観光中だ。その後、クルージングを楽しみながら、今度は日本へ向かうことになってる。僕は数日中に中国へ渡り、船に爆弾を仕掛け、クルージング開始当日、リストの人間がきちんと乗船したかを確認する」
「どうやって……?」
 トムの言葉に、圭子が口を挟んだ。トムは不気味な笑みを浮かべている。