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RUN ~The 1st contact~

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3、計画



 殺された二人は、ポスト組長と呼ばれるトップクラスの幹部で、麻薬取り引きの一切を取り仕切っていたといわれている。
 死因は、ナイフによる刺殺。たった一突き、首の動脈を切られての、実に鮮やかな手口だった。二人ともが、漆黒龍会本部から出てきたところを狙われている。
 警察は、暴力団同士の勢力争いと見ているが、圭子だけがその真実を知っていた。
 また信じられないことだが、FBIによって拘束されているというランの顔写真が日本警察にも公開されたが、紛れもなく別人物であった。だがそれを、他の刑事が気付く暇もなかった。
「奇妙な事件が続きましたね。暴力団同士の争い……犯人はいったい、誰なんでしょう」
 警視庁の廊下を歩きながら、後輩の藤木が独り言のようにそう言った。
「さあ……」
 圭子はそう言って立ち止まった。窓の外には、土砂降りの雨が降っている。
「すごい雨ですね。こりゃあ、駅まで行くにもずぶ濡れだ」
 藤木の言葉に、圭子は苦笑した。
「駅までなら、送ってあげる」
「本当ですか? 助かります」
 二人はそのまま、警視庁から出て行った。大事件に未だ落ち着きを見せない警視庁は、こんな雨の日も騒然としている。それに反して、車の中は静けさだけで、藤木もいつもと様子が違う。
「あの……先輩」
 その時、藤木が重い口を開いた。圭子は運転をしながら、藤木に耳を傾ける。
「先輩。俺の気持ち、気付いてますよね? 俺、ずっと先輩が好きでした」
 何の前触れもない、突然の藤木の告白だった。
「藤木君……」
 圭子は戸惑いながらも、その告白の続きに耳を傾ける。藤木の気持ちには、随分前から気付いていた。だが、こうして告白を受けるのは初めてだ。
「俺はまだまだ新米ですけど、先輩と同じ部署に配属されて、嬉しかったんですよ。いつか告白しようって思ってました。後輩という立場が変わることはありませんけど、よかったら俺とつき合っていただけませんか?」
 丁寧な愛の告白だった。だが今の圭子の心には、それを受け入れられるだけの余裕がない。
「……ごめんなさい。藤木君の気持ちには、気付いてたよ。でも今はまだ、この関係を壊したくないの……」
 圭子の言葉に、藤木は笑って目を伏せた。
「そう、ですか」
「……でも、どうしてこんな時に?」
 藤木はそれを聞いて、静かに微笑む。
「僕にとっては、特別な日なんです……今日は初めて、先輩と俺が出会った日です」
「え?」
「覚えていないのは当たり前です。もう何年も前ですから。でも、警察学校に用事があって来た先輩に、当時学校に通っていた俺が一目惚れした日です。あれから先輩の背中を追ってきました。一人前になったら告白しようと思ってたけど、もう我慢出来なくて……」
 藤木の言葉に、圭子は苦笑した。
「ありがとう……」
「先輩、恋人はいるんですか?」
「あはは、いないわよ。こういう車、買えるのよ?」
 外車のスポーツカーであるハンドルを叩いて、圭子が言う。実際問題、圭子に恋人はいなかった。それは、兄の事件が解決するまでは、落ちつけないという心があったからであろう。
「車を買ってくれる恋人かもしれないじゃないですか。先輩には、そういう人が釣り合うのかもな……」
「なに言ってるの。ほら、駅よ。気をつけて帰ってね」
「あ、はい。ありがとうございます……」
 藤木はそう言うと、ドアに手をかけた。しかし、すぐに振り向く。
「突然、こんな話をしてすみませんでした。でも俺、これからも先輩のことが好きですから。おやすみなさい」
 そう言って、藤木は車を降りていった。圭子は静かに微笑むと、そのままランの滞在するホテルへと向かっていった。
 ホテルに着くと、最上階を目指す。ランとの連絡手段は何もなかった。ランはすべてを忘れろと言ったが、もう一度会わなければならないと思った。
 スイートルームの呼び鈴を鳴らすと、静かにドアが開いた。圭子の目の前には、ランがいる。そう思った次の瞬間、圭子の意識は一瞬にして飛んでいた。
「んっ……!」
 一瞬、何をされているのかわからなかった。ただ、目の前のランの唇が、圭子の口を塞いでいる。力強いその手はしっかりと圭子の腰を抱いていて、その腕から逃げられることは出来ない。そうこうしている間に、圭子は部屋の中へと引き込まれていた。
 バシッと、思うより先に、圭子の手がランの頬を叩いている。
「何するの!」
 叩かれたランは無表情のまま、圭子を見据えている。
「おまえこそ、どういうつもりだ」
「……忘れろって言われたけど、会わなければいけない気がしたの」
「おまえ、つけられてたぜ」
「え?」
 ランが部屋の奥へ行くと、圭子は部屋にもう一人、外国人男性がいることに気が付いた。昨日とは部屋のレイアウトも変わり、奥のテーブルには数台のパソコンが並べられている。男性は、その前に座り込んでいた。
「こんばんは」
 男性はそう言って会釈する。圭子は、その男性に見覚えがあった。
「あなた……」
「取調室以来ですね。また会えて光栄です」
 ランに比べれば随分な片言の日本語だが、その意味はきちんと通じる。茶髪にグレーの瞳をした男性は、空港でランを迎えに来た、レングと名乗ったFBI捜査官である。
「……どういうこと?」
 意味がわからず、圭子はランを見つめる。
「その前に」
 ランがパソコンの画面を指差すと、ある映像が流れている。その映像には、圭子の部下である、藤木の姿があった。
「藤木君。どうして……」
 さっき、駅へと送り届けたはずだった。いったい、どうやって尾行してきたというのか。自分を愛してくれているからこそ追い掛けてきたのだろう藤木に、圭子は切なさまで感じる。だが、今それを感じるより先に、疑問や問題を解決するべきだ。
「これはホテルのエレベーター内の映像だ。坊やはタクシーでやってきたようだよ」
 ランがそう言ってパソコンをいじると、今度はホテル前に停車しているタクシーが映った。しばらくすると、藤木はタクシーに乗り込み、ホテルを後にした。
「……あなたといると、わけがわからなくなるわ」
「そう? 心外だな」
 ランはそう言って、男性の横に座り、パソコンをいじり出す。
「それで、話を聞きましょうか。お嬢さん」
「え……」
「何が言いたいんだ?」
「……本題に入る前に、一つ聞いてもいいですか? そちらの方のこと」
 男性を見て、圭子が言う。男性は微笑んで、立ち上がった。
「僕はレング・アンダーソンです。正真正銘、FBI捜査官ですよ。でも本当の名は、トム・エヴァンシー。殺し屋の端くれです」
 圭子の顔色が変わる。トム・エヴァンシーといえば、ラン同様、国際犯罪ブラックリストにも載っている、超A級の犯罪者だ。
 目の前の男たちは紳士的に見えるが、裏の顔を持つ超一流の殺し屋なのである。
「信じ……られない。殺し屋が、FBIにいるっていうの?」
「FBIも、ただの国家警察に過ぎないですからね。僕みたいな人は他にもいるかもしれない。それに僕は、他にCIAなどにも属しています」
 トムと名乗った男は、そう言ってCIAの手帳も見せる。