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RUN ~The 1st contact~

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「僕は天才なんだ。一度見た人の名前や顔は忘れない。さっきも船の絵を描いて見せたろう? FBIもCIAも、僕を欲しがる理由はそれだ。まあ僕みたいな人が、他にもいるとは思っていなかったけどね」
 トムは自慢げにそう言いながらランを見ると、言葉を続ける。
「さて続きだ。無事に全員の乗船を確認したら、船は日本へ向けて出航する。沖まで出たら、あとは爆破タイマーが作動するのを待つだけだ。念のため、僕はヘリコプターから船の最期を見届ける」
 簡単なその言葉では計り知れないほど、圭子はその計画を、大胆で繊細なものだと悟った。
「確かに、それがうまくいけば、簡単に大組織が滅びるわね……でも、そんなにうまくいくのか疑問だわ……」
「いくさ。いかせる。それが僕らの仕事なんだからね。まあ今回は、僕らといっても僕が実行犯。前回の仕事で、ランにはかなり助けられたから、その借りを返す計画だ。ランのデータと、僕の実行計画、どちらも緻密で破られはしない」
 圭子の疑問に、トムが返事をした。ランは静かに笑うと、煙草をもみ消し、パソコンに向かう。
 ランの前にあるパソコンには、先ほど見たホテルの防犯カメラや、決戦の場所となる予定の船内図らしきものが、素早く切り替わってゆく。
 画面を覗き込む圭子に、ランが怪訝な顔で見つめる。
「何?」
「……なんだか圧倒されてるの。ホテルの防犯カメラとか、計画とか……こんないい部屋に殺し屋が二人いて、なぜそこに私がいるのかっていうことも、今は全然わからない……」
「おまえが勝手に来たんだろ」
 苦笑するランの顔は、圭子の胸を締めつける。そんなランも、美しいと思った。
 感覚が麻痺してきた圭子は、思い切って質問を続ける。
「このホテルは、どうやって借りてるの? 偽名?」
「もちろん。リッツ社の重役ってことになってるよ。まあ、事実だけど」
 トムの言葉に、圭子は驚いた。リッツ社といえば、大富豪としてその名を知られる実業家の会社だ。様々な事業に手を出し、成功を収めている。
「トムのもう一つの顔だな」
 ランが言う。そんなランを見つめながら、圭子が口を開く。
「リッツ社の社長なら、警護したことがあるわ」
「そりゃあいい。じゃあ、さっきの藤木とかいう男に怪しまれそうになったら、前回警護した関係で、リッツ社の重役に呼び出されたとでも言え。あながち嘘じゃないし、キスも挨拶程度に受け止められて、怪しまれないだろう」
 圭子はすぐに納得してしまった。ランの言葉は軽いようでいて、どこまでも計算されているような錯覚を覚える。
「とにかく、君が気にしなければ、忘れた頃にはすべて終わっているはずだ。間違っても、僕たちの邪魔はしないでくれよ」
 念を押したトムの顔は、自信に満ち溢れている。
「……わかりました。もう、帰ります」
 圭子はあまりの情報量に、すっかり意気消沈してそう言った。ランとトムは引き止めることもなく、そのままの体制で見送っている。
「さよなら、ミス・圭子。ここは危険だ。もう来ないほうがいい」
 トムが圭子の背中に声をかける。ランは黙ったままだ。圭子はそのまま、ホテルを後にした。
 何もかもが信じられないように、同時にいろいろなことが起こっていることを悟っても、圭子には太刀打ちできない相手なのだと、思い知らされた気がした。

「よかったの? あのまま帰して……」
 客人の帰ったホテルでは、トムがランにそう尋ねた。突然、二人の会話は英語になっている。
 ランは数本目の煙草に火をつけながら、パソコン画面に集中していた。
「何がだ? あいつは未熟だ。あまり関わりたくない」
「でも、依頼人はあの子の兄なんだろ?」
「だからといって、あいつは関係ない。それより、そろそろ最終段階だ」
 ランの言葉に、トムが不敵に微笑む。
「オーケー。こっちも準備は整っている。明日、日本を発つよ。実行開始だ。ランの手を借りることなく済むことを祈っててよ」
「さあ、それはどうだか……今回は人数が多い。下準備を入念にしていても、トラブルはつきものだ」
「じゃあ、僕も祈らなくちゃ。しかし今夜は冷えると思ったら、雪がちらつき始めたよ、ラン」
 トムが大きな窓の外を眺めて言う。日本は真冬の寒さだった。
「これは決行の日も、降雪のクルージングかもな」
「ご苦労なことだね」
 二人は笑うと、再び作戦会議を続けた。