RUN ~The 1st contact~
直人の言葉に、ランは直人に背を向けたまま、微笑んだ。
「殺し屋に礼なんか言ってんじゃねえよ……それに、正義感の強いやつは長生きしない」
「そうか。でも俺の家柄は、もともと華道家でね。礼儀作法だけは教え込まれてるんだ。それに、今度会ったら、おまえを捕まえるよ」
「捕まらないが、殺しの依頼をしたくなったら、いつでも連絡をよこすといい」
「……どうやって?」
「裏の世界の人間で、俺を知らないやつはいないよ。じゃあな」
ランはそう言うと、屋上から去っていった。
ランの過去に入り込んだかのように、ホテルの一室で圭子は聞き入っていた。
話を終えたその場では、突然時間が動き出す。
「……それが、あなたと兄の接点?」
「ああ。その後、あっちはその場にいた暴力団を一斉検挙。俺も無事に仕事を終えた。その後、まさかこんな形で、こいつと再会するとは思わなかったけどな」
直人の手紙をペラペラと揺らしながら、ランが言う。
「兄はどんどん危険な任務につかされてた。三年前、兄が検挙した男は、麻薬の常習犯で、ためらいもせずナイフで警官を刺すような男だった……」
ぽつりぽつりと、圭子が秘めた想いを語り始める。
「だけどその検挙は、なぜか無効なものとして処理され、麻薬ルートも何もかもが消し去られ、兄も殺されてしまった……」
「そして、おまえも単独で調べ出した」
ランが口を出す。圭子はその言葉に、静かに頷いた。
「データは消し去られていたけど、それでも必死になって真実を探ろうとした。そしてつながった……検挙出来なかった男は、前総理大臣、間宮卓の息子。そして麻薬を横流ししていたのは、漆黒龍会……漆黒龍会は、すでに日本一の規模を誇る暴力団になっていて、更に中国マフィアと結託し、今では日本をはじめ、アジアを股にかけてる組織になってる……」
圭子は思い余って、拳を固く握りしめる。
「だけど一番悪いのは、前総理の間宮よ。自分の地位を画一させるために、あらゆる手を使って息子を守り、そのために漆黒龍会ともつながり、悪事を黙って見過ごしてる……兄は殺されたのよ。間宮に! 刑務所内で死んだ兄を殺した犯人も、きっと間宮の指示で殺されたんだと思う……」
圭子の言葉を聞きながら、ランは煙草に火をつけた。
「……それで、ご注文は?」
「……え?」
「俺は一応、おまえの兄貴との契約がある。そいつがおまえを守れと依頼して死んだ以上、俺はおまえの兄を殺したやつから守らなきゃいけない。だけど、俺は人を守る仕事じゃない。おまえを守るには、相手を殺すほかない」
ゾクッと、圭子の背筋を悪寒が通った。何を自分は平然と、殺し屋と会話しているのか。何が正義で何が悪なのかも、忘れてしまいそうだ。
ゆっくりと深呼吸すると、圭子は静かに口を開く。
「わ、私には出来ないわ。自分のせいで人が死ぬなんて……」
「残念だけど、それは違う。おまえのせいでもそうでなくても、俺は人を殺しに来たんだ」
圭子は目を見開いた。生唾が喉を伝ってゆく。そんな圭子に目もくれず、ランは話を続けた。
「言っておくが、俺は殺し屋だ。義理人情なんて知らないし、依頼じゃなく気まぐれで人を殺すこともある。俺のターゲットは決まってる。漆黒龍会と前総理大臣、間宮卓だ」
「……どうして。おかしいじゃない。私がもっとも憎んでいるのよ? いなくなればいいって……こんなにも自分が黒い心を持ってるなんて知らなかったほど、やつらが憎い!」
圭子の言葉に、ランはにやりと笑った。
「理由なんかない。気に食わないって言えばそれまでだろ。俺のターゲットは決まったんだ……その理由が、おまえの兄との契約でも、義理でも、おまえを守るためでも、そんなことはどうでもいい。たまたま、おまえと利害関係が一致しただけだ。おまえが気にすることはない」
「でも……」
「もう一つ言っておくが、俺を止めることは出来ないし、俺は誰の指図も受けない。ただ、俺がおまえに会ったのは、そんなに深いことじゃない。見てみたかっただけだ。正義感の塊である男の妹をな……すぐにおまえの前に現れなかったのは、そう簡単におまえは殺されないと思ったからだが……そろそろ無理だろうと思ってね」
「……どうして?」
不安げな顔を見せて、圭子はランを見つめる。
「おまえの兄が殺され、それを殺したやつが謎の死……その上おまえまでが死んだら、さすがに警察も動くだろう。だが三年が経って、そろそろあちらも動き時のはずだが、その間にこちらも下準備は出来てる」
「……」
「この三年間で、おまえが要注意人物かどうかは、あちらも探っている最中だろうが、おまえが未だ単独でも兄の事件を調べていると悟られれば、もう猶予はないだろう。その前に、こちらはすぐに行動するつもりだ……おまえは、もう帰れ。そして今日のことも忘れろ」
「……私、自分がどうしていいのかわからないわ」
圭子は戸惑いながらそう言った。ただ、体が動かない。思考回路も反応しない。
「一応……大きな仕事になる。おまえは関わるな。かえってややこしくなる」
ランはそう言うと、圭子を押しやるように部屋の隅へと連れていく。そしてドアノブに手をかけると、圭子を見つめ、口を開いた。
「さようなら」
その一言で我に返ったように、圭子は改めてランを見つめる。
「……もしも私の憎むべき人が死んでも、私はあなたに礼なんか言わないわ」
「上出来だ」
不敵に微笑むランの顔は、冷やかなままだ。
「さようなら」
圭子はそう言うと、ホテルから出て行った。
まるでその日のことは夢だったかのように、現実味を帯びないまま暮れていった。
だが、その次の日。二人の漆黒龍会幹部が殺されたことで、圭子は嫌でも現実に引き戻されることになる。
作品名:RUN ~The 1st contact~ 作家名:あいる.華音