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RUN ~The 1st contact~

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「総監! 彼は犯罪者です。国際手配が解かれても、我々日本警察が拘束しているのは、紛れもなく危険人物です。現に銃も所持していますし、パスポートも偽造です。いくらでも……」
「君!」
 そんな圭子に、警視総監が怒鳴るように言った。ビリビリと壁が震えるような、大きな低い声であった。
「……決まったことだ。こうして私が直々に来ている意味を考えてくれ。それに彼には、迎えが来ている」
 警視総監の言葉とともに、一人の男が入って来た。そして徐に、手帳を見せる。
「FBIのレングです。彼を別件で追っていまして、引き渡していただきます。すぐにアメリカへ連れて行きますので」
 そう言い終わらないうちに、レングと名乗った男は、青年に手錠をはめた。廊下では、FBIと思われる数人の男が控えているのがわかる。
 レングに連れられ、立ち上がった青年は、圭子の横で立ち止まった。
「See you」
 青年は圭子にそう言うと、レングに連れられ去っていった。
「諸君。ご苦労だった」
 残された一同に、警視総監がそう言った。
「……腑に落ちません。結局、彼は誰だったんですか? インターポールだのFBIだの、それは確かな情報ですか?」
 圭子が言った。警視総監も司令官も、険しい顔をしたままだ。
「情報は確かだ。なんなら自分で調べればいい。だが、日本警察はここまでだ。これ以上のことは調べられない」
「どういうことですか?」
 他の警官たちも、口々にそう言う。警視総監は、重い口を開いた。
「……仕方がないんだ。今回は状況が悪過ぎる。日本警察、しかもまだ新設されたばかりの機関では、他国の信頼もない。それに……」
「それに……?」
「大統領暗殺で、世界中が騒然としている時期だ。まして犯人とされる男が見つかって、死んだともなれば、アメリカ周辺はナーバスになっている。一触即発、疑心暗鬼だ。大きく言えば、戦争でも起きかねない。それだけ、大統領も犯人も、大きい人物だということ……あのインターポールまでもが、一時でも手配を解いたくらいだ。我々、日本警察が単独で動けはしないほど、我々はまだ未熟だ」
 警視総監の言葉に、圭子は悔しそうに拳を握る。理解出来てしまう未熟さが情けないものの、圭子にはどうしようもなかった。
「……でも、日本にいる間は、尾行は続けますよね? あのままあの男を野放しにはしませんよね?」
 圭子が切実な目で、警視総監を見つめる。圭子の言葉に、一同は頷く。
「もちろんだ。警視庁の人間がすでに尾行を始めている。まあ、ここは空港。すぐにアメリカ行きの便に乗っただろうがね」
「私も合流します。日本から無事に出るのを、見届けるまで」
「ああ。許可する」
 警視総監の言葉に、圭子は取り調べ室を飛び出していった。
 だがその後、圭子が青年を尾行していた警官たちに合流しても、青年はすでにアメリカ行きの飛行機に乗せられており、青年の最後を見ることもないまま、飛行機は日本を飛び立っていった。

「先輩!」
 警視庁に戻った圭子に声をかけたのは、一つ年下の後輩である、藤木であった。警察学校時代から知っている彼は、同じ国際犯罪機密処理班に所属し、圭子を慕ってくる可愛い後輩の一人である。
 圭子は力なく笑って、藤木を見つめる。
「藤木君……」
「行ったんですか? 無事、アメリカへ」
「そうね。すでに搭乗してて、乗り込むところも見られなかったけど……無事に行ったみたい。少し緊張して、疲れたわね」
「大丈夫ですか? 少し顔色が……」
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「そうですか……」
 藤木は落ち込んだ様子で、圭子の前で俯いたまま動かない。
「藤木君?」
 そんな藤木を不審に思い、圭子が尋ねる。
「……すみません、先輩。さっき、先輩が総監に体当たりしていった時も、俺もおかしいと思いながら、行動に移せませんでした」
 藤木が言う。確かにあの時、おかしいと声を上げたのは、圭子一人だった。圭子は苦笑する。
「いいわよ。場の空気を読んでなかったのは私のほう……相手は警視総監。無謀なことしたって、反省してる」
「いえ! 格好よかったですよ、先輩」
「ありがとう。でも、こっちは無事解決だもん。喜ばなきゃね……帰るね」
「送りますよ」
「ううん。今日は一人になりたいの……じゃあね」
 圭子はそう言うと、一人、警視庁から出ていった。

 圭子はそのまま自分の車に乗り込むと、車を走らせる。真っ赤な外車という、まるで走り屋のような彼女の車は、取り立ててつぎ込むことのない相手がいないことを物語っているかのようだ。
 赤信号で停まった車内で、圭子はコートのポケットから一枚の紙を取り出した。そこには、とあるホテルのルームナンバーとともに、一人で来るようにと書かれている。差出人は、コードネーム・ラン。
 それを見つけたのは、青年を見送った後、化粧室に入った時だった。いつの間に上着のポケットに入っていたその紙は、まるで挑戦状を叩きつけられたかのように、圭子の心を揺さぶった。
 たった一人で乗り込むのは気が引けるが、わざわざ一人で来るよう指示されたそのメモには、理由のつけがたい拘束力がある気がする。圭子は指定されたホテルへと、急行した。

 車が向かった先は、都内でも有数の高級ホテルだ。圭子はフロントを通らずに、最上階へと訪れた。スイートルームらしい。
 エレベーターを降りるなり、目の前は豪華な造りのドアで阻まれている。ここまで来たものの、圭子は少しためらった。相手は得体の知れない人物だ。ここで人生最後になるかもしれない。しばらくそう考えたが、ある一瞬で、圭子は思い切ってスイートルームの呼び鈴を鳴らした。
 少しして、ドアがゆっくりと開いた。暖かな部屋の明かりとともに、青年の顔が飛び込んでくる。取り調べを受けた、さっきの青年だ。予想はしていても、やはり驚いた。
「思ったより早かったな。入れよ」
 何も言えずに固まったままの圭子に反して、青年は軽くそう言った。圭子は導かれるように中に入ったものの、玄関先で立ち止まることしか出来ない。
「あ、あなた、どうして……」
 やっとのことで、圭子が言った。青年は近くの椅子に座ると、起動しているパソコン画面を見つめながら、頬杖をついている。
「何がどうしたって?」
 青年が尋ねる。
「い、いろいろ聞きたいことがあるわ。どうしてここにいるの? 日本を発ったはずじゃない。あなたは何者なの?」
「そうだな。危険を顧みず、言いつけ通りに一人で来た律儀な女性だ。質問には答える。俺も聞きたいことがあるし。さて、何から話すべきか……」
 そう言いながら、青年は煙草に火をつけ、言葉を続けた。
「強いて言えば、やるべきことがあるだけだ」
「やるべきこと?」
 即座に圭子が尋ねる。しかしそれに反して、青年はわずかに笑みを浮かべているだけだ。
「それより……腹減らない?」
「え?」
「ディナーに行こう」
 パソコンを閉じて立ち上がった青年は、火をつけたばかりの煙草を揉み消し、椅子にかけてあったスーツの上着を羽織る。
「私があなたと?」
「嫌なら一人で行ってくるけど?」
「……行くわ。一人で出歩かせるなんて出来ない」
「正義感が強いんだな。兄貴そっくりだ」
「えっ……?」