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RUN ~The 1st contact~

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「当たり前でしょ? 確かにコードネーム・ランに関する最初の記録は、百年以上前らしいけど、当時のランとあなたが同一人物とは誰も思わないわ。最初のランはあなたの先祖なのか、裏世界のナンバーワンがランという称号を得られるのかは知らないけれど、そうなるとあなたは何者なの?」
 ランは笑っていたかと思うと、急に真剣な顔で圭子を見つめた。
「酒を飲んで饒舌になったようだが……いくら女でも、その質問には答えられない。それを聞いて生きている人間を、俺は知らない」
 突然、圭子も恐ろしくなって、ランから目を逸らした。
「……ごめんなさい。自分の立場を忘れてたわ」
 圭子は空になったグラスに酒割用の水を注ぎ、口をつける。
「本当、正義のために警官になったのに、殺し屋と笑って酒を飲み交わしてるなんて。何やってるんだろう、私……」
 圭子は愚痴のようにそうこぼすと、遠のく意識に身を任せた。

 数時間後。圭子は窓から差し込んだ光に目を覚ますと、そこはランの倉庫のままだった。入口近くに置かれたソファに寝かされ、毛布がかけられている。何かをされた形跡はないが、いつの間に眠ってしまったのか……圭子は覚めきらぬ目を見開いて、辺りを見回した。
 改めて見ると、倉庫の中は不思議な空間だった。漠然と広いながらも、用途に合わせたスペースで区切られ、吹き抜けの二階部分にはベッドも置かれているようだ。下から見上げる限り、ベッドの布団が無造作に起き上がっていることから、昨日そこでランが眠ったのだろうと推察される。しかし、ランの姿は見えない。
「ラン?」
 圭子はそう呼びながら、倉庫の外へと出ていった。
 倉庫街は、右へ左へと同じ倉庫が並んでいる。左の先には壁が阻み、右の先には高い金網で覆われたフェンスの先に、海が見える。
「綺麗……」
 思わず圭子は、その景色に圧倒されていた。夜のうちではわからなかった、昼の倉庫街。海沿いに佇む、大きな区域というのがわかる。
「起きたのか」
 その時、隣の倉庫から声が聞こえた。見ると、中には数台の異なる車が並び、その他にバイクもある。ランは一台の車の下で、修理工のように車のメンテナンスをしている。
「おはよう……何してるの?」
「見ての通り、修理だよ」
「すごい数の車とバイク……隣がランの居住用なら、ここはガレージ用の倉庫なのね? じゃあ、他の倉庫もそれぞれ何かあるの?」
 目を輝かせている圭子に、ランは苦笑しながら車から出てきた。
「まあな……」
「秘密基地みたいね」
「そんなようなものだ。昔は工場地帯だったみたいだけど、そこを買い取って好きなようにしてる。ここはスナックやら商店の裏で、入口もわかりにくいし、裏側も俺が所有する倉庫だけど、その向こうは別の会社所有の倉庫街がある。海も近いし景色もいいし、逃げやすい。隠れるにはもってこいのところだ」
 ランはそう言いながら、居住用の倉庫へと入っていった。
「あ、ありがとう、泊めてくれて。いつの間にかに眠ってたみたいで……」
「別に。メシでも食いに行こう」
「ええ……」
 二人は車に乗り込むと、倉庫街を出ていった。
 圭子は恐怖よりも好奇心が先走りし、ランから離れたくないと思った。先日、ランにキスをされてから、圭子の心は宙に浮いたように、ランに捕らわれている気がする。相手が別世界に住む殺し屋だということを忘れ、信頼のような意味のわからぬ何かが、確実に圭子を取り巻いているのだった。

 しばらくして、車内で無言のままだったランが、静かに口を開いた。
「圭子。今日、おまえに手伝ってもらいたいことがある」
 突然のランの言葉に、圭子は一瞬、言葉を失った。
「手伝うって……昨日の話では、私が断って、あなたが理解したんじゃなかったの? 私は一応、警察の人間よ」
「なにも人殺しの手伝いをしろと言っているわけじゃない。むしろ人助けの手伝いだ」
 ランの言葉に身構えながら、圭子は怪訝な顔でランを見つめる。
「どういうこと……?」
「もう着く。続きはトムと合流した後に話す。嫌ならその場で断ればいい」
 やがて車が止まった場所は、東京湾にある埠頭だった。
「時間通りだね」
 車を降りるなり声をかけてきたのは、海を眺めながら缶コーヒーを飲んでいた、トムである。
「ほらね。結局、ミス・圭子も取り込むことになるんだ」
「私は仲間にはならないですけど……」
 トムが圭子を見て言ったので、圭子は慌てて否定する。
「必然だよ。乗れ」
 ランがそう言うと、一同は車へと乗り込んだ。
「こっちは事前の報告通り。ターゲットは全員乗船確認したよ。リストに載ってない人間は、竜王って次期総督のガキのみ。上出来だろ。それで、作戦は?」
 車に乗るなり、トムが尋ねた。ランは静かに口を開く。
「……竜王を助ける」
「簡単に言うなあ。時限装置は十二時間後の深夜零時にセットしてあるんだよ?」
「俺が乗り込む。船のレーダーは、遠隔操作で解除出来るんだったな? だったらヘリで船のヘリポートに着ける。トムはヘリで待機していてくれ」
 ランはそう言いながら、船内図を見ている。トムは質問を続けた。
「いいけど、レーダーを切ったくらいで、着陸してるのバレないかな?」
「いずれはバレるだろうが、今夜も冷える。甲板に出る者はいないだろうし、夜八時からはパーティーが行われるから、会場から出る者はそうはいないはず。いても俺一人の潜入は簡単だ」
「それで、バレた時はどうすればいいんだい?」
「多分、バレるのは俺が竜王をさらった時だろう。レシーバーで合図しながら潜入するから、危なくなったら飛べばいい。そこで、おまえの出番だ」
 突然、ランが圭子を見つめたので、圭子は驚いた。異次元の世界の話のように、ただ眺めていることしか出来なかったが、これは現実なのだと再認識する。
「え、私?」
「トム。爆弾が爆発したら、船はどうやって沈む?」
「まん中から真っ二つ。かなりの火薬を仕込んでいるから、豪華客船といえども、すぐに折れると思うよ」
 ランの問いかけに、トムが答える。ランは船内図を広げ、指を差す。
「パーティー会場は、地下一階から地上二階までの、吹き抜けのこの場所。船内前寄りの大きなスペースだ。ヘリポートはその真上、地上三階の上だ。俺は子供を連れて、甲板に出るエレベーター、もしくは階段で、ヘリポート下の甲板まで行く。もしそこで気付かれて、ヘリがすでに飛んでいたら、俺は船の舳先まで走る。あとは圭子がヘリから梯子を下ろしてくれればいい」
 簡単なまでのランの説明に、圭子は首を振った。
「無理よ! 私にそんなこと……」
「俺たちの利害関係は一致してたよな? トムはヘリの操作や船の制御で、簡単には動けない。もう一人仲間がいると心強い」
「でも、狙ったところに梯子が落ちると思わないわ」
「そりゃあそうだ。風もあるし、細かい作業ははじめから望んでないよ」
 ランと圭子のやり取りに、トムが笑った。
「なるほど。とにかく、何があっても持ちつ持たれつ。こっちがヤバくなったら、勝手にヘリを発進させるし、どうなっても梯子を舳先まで持っていけばいいんだね?」
 トムはそう言いながら、圭子を見つめる。