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恋するワルキューレ 第二部

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“彼”がリズム良くシャッターを切る音がスタジオに響いた。
初めの頃の羞恥心は裕美の中では既に消えてしまったようで、時折撮影用の笑顔を見せる余裕も出来てきた。
「イイ感じで撮れましたよ。それじゃあ、次のポーズをお願いします」
そう。彼が特段ポーズや顔の向きなど指示をしていないにも関わらず、裕美は手足の位置や、身体の角度を巧みに変え、器用に撮影用のポージングを組み立てていた。
撮影慣れしている美穂でさえ、その動きを見て、ホウと感心する程の動きだ。
その裕美のポージングは、ファッションモデルの様なウォーキングに近いスタイルとも違うし、もちろん雑誌等で見るグラビアアイドルやレースクイーンの様に身体の一部を強調させる扇情的なものとも違う。
左右の脚を必ず非対称のポジションで置き、さらに片手を必ず横や斜めに伸ばすことで手脚を立体的に配置したその立ち姿は、さながらバランス良く構図が配置された抽象画の様だ。小さい頭に、引き締まったウェスト、細長い手脚を直線的に美しく伸ばした裕美の様は、翼を広げた白い鶴の様に写る。
もし裕美が一歩動きだせば、本当にその場でバレエを踊っているかの様に錯覚するだろう。
カシャ、カシャと、シャッターの音がひとしきり鳴り響いた後に、“彼”が次のポージングを促すと、裕美はもう良いわと言って撮影を終わらせた。
「店長さん、とりあえずはこれくらいのカットを撮れば十分だと思うんだけど、どうかしら?」
「そうですね。とりあえず、撮影したデータをPCに写しますから、それで裕美さんのOKが出れば、次のジャージに移りましょう」
そう言って、彼がUSBケーブルでPCとカメラを繋ぐと、早速裕美は撮影された写真を見ようとモニターを覗きこんだ。
「わあ、綺麗に撮れている……。こんなわたしを見るの初めて……」
裕美も予想以上の出来栄えに嬉しさがこみ上げてきた。
今まで、写真や鏡で見てきた自分とは違う姿がそこにあったからだ。
照明も鮮やかに、無駄な風景もなく、自分だけが写し出された姿がこんな綺麗なものだとは、今まで自分だって知らなかった。
顔もアップで撮られているが、照明に照らされたその表情は雑誌のモデルのように肌も白く輝き、とても綺麗に見える。全身を写した写真も、タイトなジャージに身を包んでいるせいか、それともロードバイクでシェイプアップされたのか、以前よりもずっとスリムに見えて、恥ずかしがるようなものは全くなかった。
まるで、自分が生まれ変わったかの様に見える。
「ほう、裕美! 上手いやん! 良く撮れてるわあ」
「驚きましたね。こんなに良い写真が撮れるとは思いませんでしたよ。裕美さん、プロのモデルより上手いかも知れませんね」
“彼”や美穂姉えも、写真を見て出来栄えの良さに驚いた様だ。
「そんな、店長さん。お世辞を言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと困っちゃうわ!」
「お世辞なんかじゃないですよ。流石バレエをやっていただけあって身体も柔らかいし、動きあるポーズなんかは、プロのモデルよりも上手いですね」
「そうやなあ。私よりも上手いわあ。女の私から見ても綺麗に見えるし。今度、裕美に色々教えてもらおうかな?」
「美穂姉えまで、そう言ってくれると嬉しいわあ……。恥ずかしいのを我慢した甲斐があったわ!」
「ハハハハ。さっきまで、イヤだ―って泣きそうになってたのになあ」
「仕方ないじゃない。誰だって初めは緊張するわよ……。でも店長さんが褒めてくれるから、少しずつ自信が持ててきたの……」
「いやあ、本心から褒めてるんですから自信を持って下さい。裕美さんのポージングは手脚の配置が独特で、写真を撮っていて面白いですよ。これもバレエをやっていたせいなんですよね?」
「そうよ。バレエを習うとね、ちゃんと手脚をどんな風に配置すれば綺麗に見せられるのか、理論的にも勉強するんだから。それを鏡を見て毎日練習するんだもん、綺麗じゃない訳がないわ」
得意満面で説明する裕美の笑顔を“彼”も嬉しそうに眺めていた。
裕美もその視線に気付くと、ちょっと戸惑い、さっ店長さん、次の撮影よと、彼を急かしてしまった。裕美は男からのそんなダイレクトな視線を送られたことがないので、つい照れて“二人の世界”を造り出すことに失敗してしまったことがちょっと歯痒い。
「そうですね。それじゃあ次の撮影に移りましょうか。裕美さん、着替えをお願いします」
「分かったわ。次はヴィーナス・ジャージね。店長さん、また綺麗に撮ってね」
「ハハハ。もちろんですよ」
裕美は別室に移り着替えを始めた。美穂も安心したのだろうか、もう裕美に茶々を入れるような真似はしない。
裕美はドレッサーの前に坐ると、髪を一度とかした後、リボンで結わえ今度はポニーテールに髪形を変えた
裕美のデザインしたヴィーナス・ジャージは、“ボッティチェリ”の『ヴィーナスの誕生』をモチーフとした女神がジャージの背中に描かれている。裕美の自慢のロングヘアと言えども、女神を隠してしまう訳にはいかない。それこそ神罰が下るというものだ。
裕美は少し大ぶりの赤いリボンで亜麻色の髪を上げて、産まれたままの姿のヴィーナスを降臨させる。
愛と美を司る古代ローマ神話の女神、ヴィーナス。
そして裕美のヴィーナスジャージには、愛と美の女神を讃えるべく、赤いバラが咲き誇る。
そしてその赤いバラも、ヴィーナスと同様、愛と美を象徴する花。

《女は愛と美にこそ自らの身を捧げるべきよ!》

そんな裕美の信念を具現化したジャージだ。
そうよ! これをもう一度見てもらって、“彼”の心を動かさなくちゃ!

再び、撮影が始まった。
カシャ! パシャ! カシャ! 
シャッターの音がスタジオに鳴り響く。
他に聞こえるのは、“彼”の声だけ。
“彼”が私を褒めてくれる度に、胸の鼓動が早くなって、身体の動きだって軽くなる。
衣服を一糸纏わぬヴィーナスを背中に、裕美はバレエを踊るかの様に、テンポよくポーズを変えていった。
“彼”の鳴らすシャッター音が、バレエのレッスンの手拍子の様に聞こえてくるから不思議だ。
アン・ドゥ・トロワ。
アン・ドゥ・トロワ。
裕美もつい昔のレッスンを思い出してしまう。
もちろん、バレエの様に踊ることは出来ない。あくまで撮影のための“ダンス”でなくてはならないからだ。
水玉ジャージの撮影の時は、ポーズに色々な動きを加えることが出来たが、このヴィーナス・ジャージは背中のヴィーナスをしっかりと見せる必要がある。必然的に背面撮りが中心になり、背筋をキッチリと伸ばしならが、常に目線をカメラに向けなくてはならない。
先程の撮影と違い、今度はポーズに動きがない分、脚を長く綺麗に見せるために赤いヒールを履いてきている。裕美は脚を伸ばしつつも、X字型に交差させて、ポーズにアクセントを付ける等の工夫を凝らしてポーズを決めていた。
裕美のポージングだって、バレエの知識だけで出来るものではない。パリやミラノのファッション・ショー等をチェックしたり、モデルからレクチャーを受けたことだってある。ステージに立った経験こそないものの、予備知識は十二分にあった。

どう、店長さん? わたし頑張ったわよ。
わたしをちゃんと見てくれている?