恋するワルキューレ 第二部
彼が車を止め、マンションの一室らしき部屋に案内されると、そこは何も飾りのない一面白い壁のシンプルな造りの部屋で、撮影用の照明が無造作に置かれていた。背景用の壁紙やインテリアの類の小道具が一切ないことから、モデルだけを引き立たせるだけの、ファッション雑誌で使われているスタジオだというのが裕美にも分かる。
裕美もちょっとドキドキしてきた。
これからモデルデビュー。しかも写真を撮ってくれるのは“彼”なんだもん。
もちろんモデルと言っても、プロのファッションモデル等とは全然ランクが違うことは分かっている。いわゆる読者モデル。しかも自転車雑誌なので、別にスタイリストやメイクのプロもいない只の素人の撮影だ。
しかし自分の綺麗な姿を写真に撮って貰えるというのは、女にとって至上の喜びと言えるもの。
煌びやかな衣装を身に纏い、私達だけの世界を創造し、彼が美しく私を私だけのために、カメラに収めてくれるのだ。女の子なら誰でも胸がときめくだろう。
頑張らなくちゃ!
気合を入れた裕美は、早速撮影を始めようと、荷物を運び入れようとする。
「そう言えば、店長さん? 撮影を手伝ってくれる人が来るって聞いていたけど、どうしたのかしら?」
「もうすぐ、来ると思いますよ。裕美さんの準備が出来たので、こちらに来るように連絡を入れましたから」
「あら? わたしその人まで待たせちゃったのかしら?」
そんな話の最中、聞き慣れた女性の声がスタジオに響いた。
「裕美ぃー! 随分遅かったなー!」
そこには裕美がいつも見ているロードレース・ジャージではない私服姿の美穂がいた。ピッタリとボディラインに密着したジーンズにタンクトップ姿は長身の美穂に実にマッチしていて、それこそモデルの様なスタイルだ。
「あっ、美穂姉え!? どうしてここに?」
「どうしてとは、ご挨拶やなあ。タッキーから私が来ることを聞いとらんのかー?」
「えっ、手伝ってくれる人って美穂姉えなの?」
「そうや。わたしも仕事で撮ってもらうことが多いからな。裕美に教えてやってくれってタッキーに頼まれたんや」
言われてみれば、美穂はプロの女性ロードレーサーだ。取材や写真の撮影など仕事で相当こなしているだろう。アドバイスにしろ、最初から美穂に頼めば良かったのだ。裕美はつい“彼”と二人切りになるんじゃないかと期待をしていたこともあってすっかり忘れていた。
そんな裕美の気持ちを見透かした様に、美穂は裕美の耳元で囁いた。
「裕美ぃー、二人切りの所を邪魔して悪かったなあ」
「えっ、美穂姉え……。そんなんじゃなくて……」
「まあ撮影が終わったら、ちゃんと二人だけにしてやるさかい。ほら、その前に裕美のエロい所をタッキーに見てもらわんとな」
「エロいって、そんな美穂姉え!? オジサンみたいなこと言わないでえ!」
「何、言うとんのや。レーパンの撮影なんて、エロ以外他にないやろ! まあ、裕美にしては上出来やな」
「そんなあ……」
そんな照れる裕美の耳元へ、美穂はフッと息を吹きかける。
きゃあ!
裕美も思わず声を上げた。くすぐったくも、甘い感触が耳元から背中へ走る。
「美穂姉え! 止めてったらあ!」
「アハハッハ! まあ冗談や、冗談!」
美穂は名残惜しそうに、裕美から身体を離した。二人とも香水は付けていなかったが、ほのかな甘い香りがスタジオの中に立ちこめたのは気のせいではないはずだ。
「タッキー! すぐ裕美に準備させるから、そっちも頼むわー!」
両手に荷物を抱えて、呆れながら二人の絡みを眺めていた“彼”もハイハイと頷いて仕事に取り掛かる。
「それじゃあ僕は荷物を運び込みますから、裕美さん達は衣装の準備をしておいて下さい。奥の部屋に着替えとメイクをするためのドレッサーがあります」
そう言って彼は両手に裕美の衣装が入ったバックを運び込んでいった。
何しろ裕美の荷物も相当なものだ。シューズやヘルメットの他、アイウェア等の小物類は数が多く、ジャージだってヴィーナス・ジャージだけでなく、水玉ジャージやワルキューレのショップ・ジャージ等、裕美が持っている限りのジャージを持ってきたのだ。靴もハイヒールの他、ランニング用のシューズまで持って来ている。メイクを美容室で済ませてきたのが、不幸中の幸いだった。さもなければ化粧品やメイクの道具で更に大変なことになっていただろう。
「店長さん、私も手伝うわ?」
「大丈夫ですよ。後はロードバイクやカメラの機材ですから僕が運びます。ちょっと時間も押していますから、裕美さんは先に着替えていて下さい」
「そうそう、女は化粧をして綺麗になる準備をしておけばエエんや」
そう言って美穂は裕美の背中を押して、ドレッサーの前へ座らせた。美穂はブラシで裕美の髪を軽く梳きながらメイクのチェックを始める。
「うーん、メイクはOKやな。ネイルもバッチリやし、流石上手いなあ。ロワ・ヴィトンで働いているだけのことはあるわ。持ってきた化粧道具が無駄になってしまったな」
美穂の化粧バックに所狭しと詰め込まれた化粧品の数々を見て裕美は驚いた。
「美穂姉え、凄いわねー!? そんなに化粧品を持っているなんて!」
「わたしのスポンサーに化粧品の会社がおってな、一応サンプルってことで新製品なんかも貰えるんよ。ちゃんとおめかしするのも仕事の内っちゅう訳や。それなりにメイクの腕も自信があったんやけれど、裕美には必要なかったなあ」
「そう? じゃあ、これで平気かしら?」
「そうやなあ。後は衣装やな。裕美、ちょっとジャージに着替えてみい」
「えっ? うん」
裕美は頷きながらもちょっと戸惑う。同性とは言え人前で服を脱ぐとなると、やっぱり緊張してしまう。背中のボタンを外しブラウスを脱ぐと、美穂が裕美の身体をマジマジと見つめる――、だけでなく、さわさわと裕美のウェストを触り始めた。
「きゃあ! 美穂姉え、何するの!?」
子兎の様に飛び跳ねる裕美。
「すまん、すまん。裕美が良い身体しとるんで、つい触ってしもうたわ。まあわたしは変な趣味ないから安心したってよ」
「やーん、そんな“変な趣味”なんて怖いこと言わないでーー!」
裕美もどうやら本気で怖がっているようだ。目にちょっと涙が浮かんでいる。
ユウヤの性癖の話が、まだ後遺症として残っているらしい。
「裕美も良い身体になったなあ」
「そんなあぁ、美穂姉え!?」
「こらこら勘違いするな。良い身体ってのは、引き締まった身体になったって意味や。ウェストの贅肉がなくなってるやん」
「あ、うん、そうなの。ウェストがちょっと細くなったみたい」
「そうやろう。ちょっとジャージを着て、鏡の前に立ってみい」
裕美が赤い水玉ジャージと白いミニスカートを履いて鏡の前に立つと、美穂がジャージのウエストの部分を摘まんで見せた
「ウェストの所が大分余ってるなあ。まあこれも元々男モノのジャージやから仕方ないけど。ちょっとウエストの所を詰めたろう」
美穂が安全ピンを取り出して、裏側からジャージのウエストの部分を詰めていった。
水玉ジャージが、裕美の細身のボディにぴったりとフィットする。
「うん、良い感じになったわ。流石、美穂姉え。なんか慣れてるって感じね」
作品名:恋するワルキューレ 第二部 作家名:ツクイ