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恋するワルキューレ 第二部

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「アンリはショーで使うウェアのセレクトをするんダ。それからシャルルは、ファッションショーの舞台の運営と進行サ。今回はちゃんとプロのモデルも使うからね!」
「えっ? プロのモデルまで使うの? お金は一体どうするの?」
「ちゃんとボスのOKをもらってるサ。プレゼンの予算だってバッチリ付いたんだヨ。支店長だって、何としてもこの契約を取りたいって言ってたからネ」
凄いことになったわ……。本当に会社のビッグ・プロジェクトなのね……。
 裕美も気が引き締まる思いが高まってきた。
プレゼンの成否が自分と自分がデザインしたジャージで決まってしまうのだ。
 自分がこれ程多くの人達の運命を左右する様な経験は、裕美の人生では全くない。こんな押し潰されそうなプレッシャーだって感じたことはない。
 でも……、ローラン達のためにも、ロワ・ヴィトンのためにも負ける訳にはいかないわ!
 わたしの『ヴィーナス・ジャージ』!
 愛と美の女神ヴィーナス!
 お願い! わたしとローランの為に力を貸して!
「ローラン、絶対に勝ちましょう! みんなで力を合わせて勝ちましょう!
ファランクスなら絶対に勝てるわ!
わたし達、みんなであのレースでだって勝ったんだもん!」

* * *

「さーて、舞。今日の仕事も終わりね。この後空いているかしら? 今日はローラン達と集まることになってるんだけど、舞も来ない?」
「えっ、私も呼んでもらえるんですか? 行く、行きます、センパーイ!」
「ウフフッ……。それじゃあローラン達のオフィスへ行きましょう。ちょっと舞にも見てもらいたいものがあるのよ」
「えー? センパイ、もしかして例の『ラコック』のプロジェクトですか?」
「それもあるんだけどー、実はもう一つサプライズがあるのよ。舞も楽しみにしてくれるかしら?」
「分かりました。それじゃあ、わたしも期待して驚かされることにします。センパイ、楽しみにしてますね!」
「じゃあ、舞! 行きましょ!
ローランのデザイン部にはアンリとシャルルも集まっていた。
裕美と舞も加わって、チーム『ファランクス』の全員が集合だ。
「マイ、プレゼントがあるんだ!」
「うわーっ、嬉しい! 何でしょうか?」
「マイ、これを見て! 『ロワ・ヴィトン』製のロードバイクさ!」
そう言って、ローランが差し出したのはロードバイクの『フレーム』だった。
 しかしただのフレームではない。
裕美の『ヴィーナス』ジャージと同じ赤い薔薇が色鮮やかに描かれている。しかも『ロワ・ヴィトン』のロゴマークまで入ったフレームだった。
「うわーっ、素敵! これって自転車??のアレ……ですよね。でもこんなキレイなものがあるんですねー!? ロワ・ヴィトンのブランドの自転車なんて聞いたことないです!」
「どう、舞? 実はこのバイクは今度の『ラコック』のショーで使うものと同じデザインなのよ」
「これをもらって良いんですか? これでみんなと一緒に走りに行けるんだ! ウレシイ、先輩ありがとう……」
舞は裕美に抱き付いた。
やーん、舞ってやっぱり可愛いわねえ。わたしも舞のために頑張った甲斐があったわあ……。
しかし……、舞が困った顔をして裕美やローラン達を見つめていた。
舞も“一応”喜んだ顔は見せているものの、何処となく、ぎこちなくてあまり嬉しそうに見えない――。
「あれっ? 舞、どうかしたの?」
「あのぉ……、先輩? わたしどうゆう反応をしたら良いんですか? サプライズって、ドッキリのことなんですか? 喜ぶよりも驚いた“演技”をした方が良かったでしょうか……?」
「舞、別に“演技”なんてしなくたって、素直に喜んで良いのよ。せっかく、あなたのためにプレゼントを用意したのに。あなたの欲しがっていたロードバイクの『フレーム』よ?」
「でも、センパイ。これのどこがロードバイクなんですか? これってタイヤもハンドルも付いてないですよ……。これでどうやって走るんですか?」
「………………」
裕美やローラン、アンリ、シャルルら全員の目が点になって、みな一瞬固まってしまった。
数秒した後、そうっとお互いを見つめ、一気に――。
アッハハハ……!
ハッハハ……!
フフフ……、ハハハ……!
「そうだよネ、タイヤが無くちゃバイクは走らないよね!!」
「アハハハ……、マイの言うとおりだヨネ!!」
ローラン、アンリ、シャルルも、信じられない程大声で笑っている。いつもジェントルな彼らからは想像もできないくらい笑っている。とにかく『ツボ』にハマッタのだ。
裕美も舞の『気持ち』はよく分かるが、流石にこれは笑うのを我慢できない!
「えー、みんなイタズラして、私のことバカにしてるんですかー!? ヒドイですよー!」

* * *

「ハッハハ……。それは舞さんも災難でしたねえー!?」
「アハハハ……。舞さんは間違っていないんですけれどもね。やっぱり笑っちゃいますよねえー」
ロードバイクショップ『ワルキューレ』では、裕美から舞の話を聞いて、店長である“彼”やツバサもやはり笑ってしまった。舞の立場に同情はするものの、やはりツボに……という感じの様だ。
「えー!? そんなに私の言う事がオカシイんですか?」
「別に変じゃないですが、僕達がロードバイクの常識に慣れてしまっていたものですから……。確かにロードバイクを知らない人にはフレームだけ渡されても困りますよね。ちょっと説明しましょうか?」
 彼はそう言って、天井に吊るしてあるロードバイクの何本ものフレームを見せてくれた。
それを見て、流石に舞も驚いた様子だ。唯のフレームだけなのに、20万円、物によっては50万円もする値段が付いていたからだ。
「えー、どうしてタイヤが無いのに売っているんですか? これじゃ走れないじゃないですか? それにこの値段て信じられません!」
「舞さん、それはですね。ロードバイクでも高級品になるほど、すぐに乗って走れる完成車ではなく、パーツをバラ売りで販売する事が多いんですよ。高級品を買う人は、自分に合ったパーツをセレクトしてカスタムすることが多いですからね。ですから最初からバラ売りで売っているんです。舞さんのバイクだけじゃありませんよ。裕美さんのヴィーナス・マドンもフレームだけでメーカーから届けられているんです」
 そう言って、彼はヴィーナス・マドンのフレームを舞に見せてあげた。
「あーっ、センパイのもフレームだけなんですね? それにデザインもわたしと同じ薔薇模様だ!」
「ええ、そうです。舞さんのフレームはアルミフレームですが、デザイン・パターンは全く同じですよ。2台ともオリジナルペイントをする都合上、まずフレームだけをまず購入したんですよ」
「なーんだ! てっきり、わたしをからかってるって思っちゃいました!」
「そんんなことはしませんよ。今からちゃんとパーツを組んで走れる様にしますから」
「じゃあ、このフレームにタイヤとかを付けるんですね?」
「そうです。タイヤだけでなく、ハンドルやサドルの他にコンポーネントと呼ばれる変速機やブレーキを付ける必要があります。ただ今回ホイールは裕美さんから頂いたものを使いますので、高くてもあと15万円くらいでバイクを作れますよ」