恋するワルキューレ 第二部
で、でも、舞の言う通りだわ! やっぱりローランを喜ばせてあげないと……。
「それじゃあ、先輩。次の作戦を考えなくちゃですね?」
「えっ? そんな次って言われても……。別にまたレースとかがある訳じゃないし……」
「えーっ! やっぱり、次は先輩がプライベートでローランを誘うべきなんじゃないですか?」
「そんなこと言っても……、まだローランとはただの友達だし……。しかも“ロードバイク”だけの関係なのよ。それに女のわたしから、どうやってローランを誘ったら良いのよ……?」
「センパイ、女が男の人を誘うのに理由とかキッカケなんて要らないんですよ。むしろ、そんなのはない方が良いんです。お誘いする時は、ローランに会いたいから、ローランと話したいだけだからって、って伝えることが一番大切なんです。“あなたに恋をしている”ってローランに伝えなきゃダメですよ」
「そんな……。何かセッティングしたり、彼の好みに合わせてとかしなくて良いの?」
「それは男の人がやれば良いんです。いえ、ちょっと違いますね。あえて男の人にさせるんです。そして女の子はそれを褒めてあげるんです。わたしもとても楽しかったって言ってあげるんです。男の人の自尊心をくすぐってあげるんですよ。余計なことをしちゃ、“可愛い女”じゃなくなっちゃいますからね!」
「でも……。わたしそんなストレートに誘えないもん……。やっぱり自信無いから、舞も一緒に来てくれないかしら……?」
「うーん、仕方ありませんね……。ちょっと遠回りすることになりますから、わたし的にはあまり合コン形式はお勧めはしないんですけど――。
でもわたしも困ってますから、ちょうどイイです。一緒に行きますよ」
「あら? 舞ならいくらだって、誘えるんじゃないの?」
「そうなんですけど――、実はわたしまだ、アンリかシャルルかどちらかに決められなくてですねー。二人ともアスリートでカッコ良いし、優しいんですけど、誘うならどちらかに決めなくちゃいけませんから、ちょっと困ってるんです」
「もう! 舞ったら、随分贅沢な悩みね!」
「それにもう一つ困ったことがあるんです――」
「あら、何かしら……? 舞にそんなに沢山悩み事があるなんて意外ね。あなたならどんな悩みだってカフェオレを飲むみたいに、解決出来そうなのに?」
「そんなことありませんよ。ほら、アンリやシャルルもロードバイクが好きじゃないですか? でもロードバイクって、みんな走って遠くへ行っちゃいますから困るんです。サッカーとかならわたしもそばで見てて応援することも出来ますけど、ロードバイクは遠くへ行ったきりじゃないですか? わたしが見ていることも出来ませんし、詰まらないなあって思ってるんです。いくら素敵な男の人でもスレ違いが続いではラヴは成立しませんから」
「そんなの簡単よ! 舞もロードバイクに乗らない? 舞と一緒に走ればわたしも楽しいわ!」
「でもー、わたしあまり運動が得意じゃなんですよね……。男の人はそうゆう方が好きだって言ってくれし、わたしも男の人をサポートするのは好きなんですけど、ロードバイクはそうゆう訳には行きませんもんね……」
「そんな心配する必要ないわよ! 自転車に乗れれば、誰だってバイクに乗れるわ! 舞らしくないじゃない。アンリとシャルルを追い駆けましょうよ!」
「うーん、そうですね……。わたしもロードバイクに乗ってみようかなぁ……。センパイ、楽しそうですし。自転車なら私にも乗れそうですし……」
「本当? バイクを買ったら一緒に走りましょう。女同士で走るのもきっと楽しいわあ!」
ウフフ……。あの舞でも苦手なことがあるんだー。恋愛に関してはあんなに“大人”だったのにね。
舞がこの部に入って来た時のことを思い出すなあ。あの時も「センパイ、教えて下さい」って可愛かったもんね。
「じゃあ、今日お店に見に行ってみない? 会社の近くにわたしが『デローサ』を買ったお店があるのよ!」
「じゃあ、先輩お願いします! わたしもセンパイみたいにカッコ良く走りたいです!」
まあ、舞ったら嬉しいことを言ってくれるわ!
やっぱり女だって、同性からもカッコ良いって思われないとね!
* * *
「こんにちは。ツバサくん、店長さんいらっしゃる?」
裕美は舞を連れて、ロードバイクショップ『ワルキューレ』へやって来た。
その日の内にショップに行きましょうと言う舞のバイク購入宣言は、どうやら本気のようだ。舞が言うには、恋は熱い内に叩くべきなものだそうだ。早くて悪いことは、決してないらしい。
ただ、ロードバイクに乗るという動機もアンリやシャルル達と仲良くなりたいというもので、いつぞやの裕美と全く同じ理由だとは、舞には恥かしくてとても言えないが、女の子の仲間が増えることはやはり嬉しい。
それに、このお店のイケメン店長である『彼』に会える口実が一つ増えることも、裕美にとっては嬉しいことだった。
「いらっしゃいませ、裕美さん。毎度店長を『ご指名』してくれて誠にアレでアレなんですけど、残念ですが店長はいません」
この店のスタッフであるツバサは、いつも裕美が自分をスルーして店長を『指名』するので、ちょと嫌味に返事をしてくる。
「ツバサ君、そんな態度じゃダメよ。今日はお客様を連れて来たんだから。会社後輩がロードバイクに興味があるから、ちょっと相談に乗って欲しいのよ」
ツバサの視線が舞に向かうと、それまでの態度をコロッと変えて、笑顔で舞に応対を始める。
もう、ツバサ君たら、本当に現金ね!
「お客様、いらしゃいませ。この店のスタッフは指名制になっていまして、ご用の際には是非、僕を指名して下さいね。ちなみに僕の名前はツバサです」
「ちょっと、ツバサ君、冗談は止めなさい」
「センパイ、わたしは構いませんよ。楽しいじゃありませんか。なかなかルックスも良いですしね。仲良くしなきゃいけませんよ。
こんにちは、わたし舞です。裕美先輩の会社の後輩なんです。よろしくお願いしますね」
「舞さん、可愛いですねー。僕は可愛い子の言うことは何でも聞きますし、お値段も特別に安くしますから何でも言って下さいね」
「ええ? ホントに安くしてくれるんですか?」
「ハハハ、指名制は嘘ですけど、これは本当です。ウチとしても女性ローディーを増やしたいという方針がありましてね。裕美さんの時も結構値引きしてるんですよ。舞さんは、初めてロードバイクに乗るんですよね?」
「そうなんです。色々教えて下さい!」
「それはもう。それで何かご希望や、ご予算などはありますか?」
「わたし全然そうゆうこと分からないんですけど、あまり高いのはちょっとかなあ……」
「初めてなら、そうですよね。とりあえずロードバイクを見てみましょう。まずはそれからですよね。こちらが女性向けのエントリーモデルになります」
ツバサが案内してくれた先には5、6台の比較的小さなロードバイクが並んでいる。
あれ? 女性用ロードバイクって言うけど、わたしが買った『デローサ』がないわね?
それに何かデザインも随分地味な気がするけど……
そんな裕美の疑問をよそに、ツバサはロードバイクの説明を始めた。
作品名:恋するワルキューレ 第二部 作家名:ツクイ