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恋するワルキューレ 第二部

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「フン! オバサンになんか負けないんだから! あのイタリア男だってキライなの! もうわたしに近寄らないでくれる!?」
「あんたこそコドモじゃない! 幼稚で『カワイイ女』って男に媚びるやり方が気に入らないのよ!」
「私は知性は勝負してるんだから! 若くてカワイイだけじゃないのよ!」
…………。
何だよ、この二人……?
同じ集団で走っていた回りの選手も半ば呆れながら、二人の痴話喧嘩を聞いていた。
この緊迫したレースの最中、裕美とサエコがこんな言い合いをしているからだ。回りの選手にだって笑う余裕もない。
ただこんな痴話喧嘩が出来るのも、二人が『牽制』状態に入ってしまったからだ――。
ロードレースでは風の抵抗を避けるために、空気抵抗の負担の大きい先頭ポジションを取らず、相手の後ろに付いて体力を温存しようとする。裕美達は幸い二人のペースに合った集団に乗ることが出来たため、お互いに先行することを避け集団の中で一緒に走っていた。
裕美とサエコの奇妙なランデブーは、どちらかが先に動くまで続くことになる。
どちらが先に、そしてどこで動くかが勝負の分かれ目だ!
「……どうやら勝負は最後の坂になりそうね? あんたには悪いけど、私の勝ちね。坂で私の方が速いことは実証済みだし」
どうしよう? このままじゃ本当に負けちゃうわ……。
裕美は自力ではわずかにサエコの方が上であることは認めざるを得なかった。
ロードバイクに乗り始めて、まだ半年ちょっとの裕美だ。若さとプロの指導によって女性としてはかなり走れるようになったものの、キャリアのあるサエコにはまだ敵わない。今までのサエコの走りを見る限り、最後の上り坂での勝負になったら勝ち目は薄い……。
どうしよう……?
自分の実力より速く走るには、ローラン達みたいに集団を利用するしかないわ……。
でも速い他の集団にそんな都合良く乗れるとは思えないし、仮に乗れたとしても、サエコが付いて来ちゃうから引き離すことは出来ない……。一体どうしたら良いの?
でも……、次のダンロップコーナーでもしかしたら……。
そうよこのままじゃ負けちゃう! 一か八かやってみるしかないわ!
カチッ! シュー、カチャン!
裕美はフロントギアをアウターに上げた。
このギアはペダルが重くなるが、その分スピードも出せる! 最後の下りで裕美はアタックをかけた。
行くわよ、裕美! アレ、アレー!
裕美と『デローサ』のスピードがグングンと上がる! 
力を振り絞り、裕美は集団の先頭に踊り出た!
「スゲー、女が先頭を引いてるよ」
「あの“女神さま”のジャージ、ヒルクライムに出てた女じゃね?」
「確か3位だったよな。しかも美人だったぜ」
「おおー、あんな女と結婚してー!」
集団からも裕美のアタックに対して歓声が漏れる。
それ程、予想外のアタックだったからだ。
この下り坂は、次の長い登りに備えて体力を温存するのが“セオリー”で、ここでアタックをかけるレーサーはまずいない。
それにこの下りでスピードを出し難い理由がもう一つある。
それは――!?
「何よ? あの子こんなトコで飛び出しちゃって! 待ちなさいったら!」
そう言って、サエコはペースを上げたが、裕美に追い付けない。
下りでスピードが出過ぎて、ペダルが空回りしてしまうのだ。
「どうしてあんなにスピード出るのよ!? ……しまった! あの子、トリプルギアを使ってるんだわ!」
サエコの乗るコルナゴ"Forever"は、コンパクトドライブと呼ばれるフロント2段の小径ギアで、下りで“踏める”大きいギアは付けていない。
一方、裕美はフロントは”トリプル”と呼ばれる3段変速の構成で、最高速も出しやすくキツイ坂も登れるなど、様々な状況に対応できるビギナー型の構成だ。ただ変速の幅が広い分、車体重量も重くなることからレースでは用いられることは殆どない。
しかしアップダウンの激しい富士スピードウェイでは、むしろこの”ビギナー"向けのギアが合っていた。
「でも何よ、こんな所でアタックして? 最後まで体力が持つ訳無いじゃない!」
実際、サエコの言う通り、裕美の心拍が一気に跳ね上がる!
ハア、ハア、ハア……。
苦しい……。でもペダルを緩める訳には行かない!
勝負はここよー!
直角のダンロップコーナー!!
でも裕美はスピードを緩めない。
前方を見てコーナーの状況を確認する。
「ヤッター、“コーナーに誰もいない”。
これなら思いっきり走れるわ! このスピードのまま行けるわ!」
裕美は下りのハイスピードを維持しながらコーナーの内側に突入した。アウト−イン−アウトの理想的なコース取りだ。先頭を走る不利を覚悟で走った裕美だからこそ、この最短ラインを取れた。
しかし下りの勢いを付けてかなりのスピードでコーナーに侵入したのだ。コースアウトしない為にも、裕美は車体を思いっきりバンクさせ、この直角コーナーを曲がらなくてはならない!
キャー、キャー! 
地面が斜めに見えるー! 転んじゃうわよー! 助けてー!!
裕美は心の中で絶叫する!
だがこの体制で下手にブレーキをかければタイヤがスリップし落車してしまう!
もう後には引けない!! ブレーキはかけられない!
お願ーい! 曲がってー! 曲がってー!

キャー! 接触するー! ブレーキかけ過ぎー!
一方、心の中で悲鳴を上げたのは裕美だけでない。サエコも同様だった。
しかしこのサエコの悲鳴は、裕美のそれとは全く意味が違う。
ダンロップコーナーの手前で、誰かが突然減速したのだ。
集団で走るので左右の間隔が狭く、裕美の様にアウト−イン−アウトの走行ラインなど取れる訳はない。コーナーを回るスピードも必然的に遅くなる!
この鋭角なコーナーに入るため、集団が次々とブレーキをかけ減速し、車両間隔が一気に狭くなる。そして、左右にも逃げ場がなくなる――。
この状態で車体を斜めにして、コーナーに突っ込むなど出来ない! 危険すぎる!
仮に一人が落車すれば、玉突き事故のように大量落車が発生するだろう。
この恐怖から必要以上に集団はスピードを落としたのだった。

勝負は付いた――。
裕美はダンロップコーナーを高速で走り抜く事が出来たので、後の登り坂をたっぷり100メートルは『惰性』で走り切ることが出来た。
一方、サエコはコーナー手前で減速し過ぎた結果『勢いに乗れず』、“ゼロ”からペダルを踏み直し坂を登る必要があった――。
実力が僅差の二人では、この差はもう挽回できるものではない。
裕美はサエコが追い付いて来ないことを確認しながら、ギアを一番軽いインナーに落とし、落ち付いたペースで坂を登り切った。
そして最後のメインストレート。
裕美は手を振り、ローランに、そしてチームのみんなに勝利を伝えた――。
「ローラン、わたし勝ったわー! サエコに勝ったわよー!」
「ヒロミー、凄いネー!」
「オー、ブラボー! コングラチュエイショーン!」
「センパーイ、 スゴイですぅー! おめでとうございまーす!」
 ローラン、わたしが頑張ったのは、あなたの為なんだからね……。
 あとで、たっぷりご褒美をおねだりしちゃうから!

「それでは、4時間男女混合チーム・エンデューロの優勝チームを発表します。