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恋するワルキューレ 第二部

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『ああ……。もちろん、レースの結果でボク達が契約を放棄することはあり得ないケド、ラコック本社には強力なアピールになるとは間違いないネ……。代理店の契約は、入札の金額だけで決まるんじゃない。どれだけ日本で商品を売ることが出来るのか、ボクらの能力をチェックする場でもあるんダ……』
 ええっ? このレースで、本当に契約が決まっちゃうの?
 それにこの契約で負けたら、デザイン部のローランだって……。
『……でも裕美の言う通り、契約とレースとは関係ないよネ。裕美は楽しんで走ってくれればイイから……』
そんな、そんな……。
ローランはそう言ってくれるけど、本当に彼が困ってるのが分かる……。
私に無理をさせまいとしてくれるのは嬉しいけど、もしこの契約に負けたら、ローランだけじゃない。アンリやシャルルだって悲しい思いをするわ!
彼を助けてあげたい。彼の力になってあげたい――!
言うのよ、彼に言うのよ、裕美! 
『ローラン! 私、一生懸命走る。
だから絶対優勝しましょう! ジローラモに勝ちましょう!』
『ホントウ? ありがとう! メルシー! ヒロミ」
きゃっ!
ローランが力一杯私の手を握ってくれた!
熱い気持ちが私に伝わってくる……。
彼が本当に喜んでいるのが分かる……。
そうよ、ここでやらなきゃ女が廃るわ!

* * *

スタート15分前、裕美は“ローラー台”から『デローサ』を外して、実際に走る準備を始めた。ローラー台でウォーミング・アップも終えて、走る準備は完璧だ。
“ローラー台”とはロードバイクの室内練習器のことで、このローラー台にバイクを固定することで、“エアロバイク”と同様、実際に走ることなくロードバイクの練習ができる。自分の出番まで、ただベンチの上で待っているだけでは、十分にパフォーマンスを発揮することが出来ない。事前に身体を運動に慣らしておく必要があるのだ。
このチーム・エンデューロでは4時間を4人で交代しながら走るので、1人が走るのはせいぜい1時間程度だと思われるかも知れない。だが、試走やレース中のウォームアップを含めた実際の走行時間は2時間、3時間にもなる。
スタート前に既にレースは始まっているし、それにピットにいる間でも選手は何時でも出られるように“常に走っている”必要があるからだ。
実際、周りを見ても、他のチームの選手もローラー台で既に“レースを始めている”。
隣の『ヴィットリオ・フェラガモ』のチームだってそうだ。あのふざけたジローラモでさえも、今“ピットエリアで汗を流している”。
アンリやシャルルだって、隣でもう30分も前から走り始めている。汗が床に滴り落ちる程で、隣の舞やロワ・ヴィトン応援団から“既に声援が送られている”。
まだ本当のレースは始まっていないのに、みな息を切らし汗をかいて既にレースを始めているのだ。みんな、本気の本気だ!
わたしだって頑張らなきゃ!
もちろん、最初からローラン達と一緒に優勝を狙うつもりだったけど、『ラコック』の話を聞いたら、もう“楽しむ”だけじゃ済まない!
アンリやシャルルだって、本気になっているのが分かる――。
会社のビック・プロジェクの命運がかかっているだけじゃない! チームメイトのローランがこのプロジェクトの為に身を粉にしてきたのを誰よりも知っているのは彼らだ。ローランの為にも、何としてもこの勝負、負ける訳にはいかない!
ドクン、ドクン……。
ヒロミもそんなローラン達の気持ちを受けて緊張が高まってきた。
でも、ただの緊張感じゃない。
ローランの為に、彼らの為にと考えると、自然に胸が熱くなる。
女としての恋と、仲間の為の勇気が同時に湧き上がってくる。
勝てる自信がない、彼らの足を引っ張ったらどうしよう? さっきまでのそんな不安な気持ちはもう消え失せた。
 彼のために、頑張らなきゃ! ローラン、わたしを見ていて!
「スタート、15分前――」
会場からのアナウンスが伝わる。
『ローラン! それじゃあ、行ってくるわ!』
『ヒロミ、無理はしなくてイイよ。初めてのサーキットだから、まずは安全にネ!』
『平気よ、ローラン! もう安全になんて言ってられないわ! わたし頑張るから見ててね!』
裕美はスッと立って一呼吸すると、ウェストのファスナーを降ろし、今まで履いていたミニスカートをスッと脱いだ――。
えっ!?
その姿を見てローランも一瞬硬直した。
いくら下に『レーパン』を履いていても、女の子が『スカートを脱ぐ』姿など滅多に見るものではない。
スカートの下から、鮮やかな赤い薔薇と裕美のヒップラインが露わになる。
ロードバイクに乗ってからウェストと太腿が引き締まり、ヒップが盛り上がることで裕美のスタイルも抜群に良くなった。男なら誰でもそのボディラインに視線が向くだろう。
『ヒロミ……。”Tres bian!”《トレ・ビアン!》』
『きゃ、きゃー!! ローラン、何を見てるのよ! 恥ずかしいから今までスカートを履いていたのに。そんなに見ないでったらー!』
『イヤ、ゴメン……。そうゆう訳じゃないんだけど、ビックリしてネ……』
『もう! そんなつもりじゃなかったのにー! 余計に恥かしくなっちゃうじゃない!』
『そう言われてもネ……。見るなって言われたら、ボクも困るヨ、ヒロミ……』
ううっ、そうよね……。
レースなんだから、スカートを履いて走る訳にはいかないし、それにローランに見てもらえなくちゃ、わたしも走る意味がないわ。
『ローラン、わたしも一生懸命走るから、ちゃんとわたしを見て! 応援してね!』
『もちろんダヨ、ヒロミ!』
舞や、アンリ、シャルルも裕美に声を掛ける。
『裕美センパーイ、頑張ってー』
『ヒロミー、ガンバッテ!』
『ヒロミはスピード・フェチだから、大丈夫、行けるヨ』
『もう、シャルルったら何を言ってるのよ!』
 それじゃあ、行ってくるわ!
裕美はチームメイトに手を振り、コースに入って行った。
既に数多の参加者が今か今かとスタートを待ち構えており、ロードバイクに人、人、人。バイクやタイヤがぶつかる程にひしめき合っている。
裕美がスターティング・グリッドに並ぶと、周りの視線が一気に集まった。みな裕美とヴィーナス・ジャージに注目している。
赤い薔薇に裸のヴィーナスという目立つデザインに加え、自転車雑誌にも載って知名度も思った以上にあるらしい。
「おい、あの子“Funride”に載っていた……」
「結構、可愛いねぇー。こんな子が草津で表彰台かよ……」
ちょっとそんなジロジロ見ないでー! 恥かしいじゃなーい!
 男性から注目を集めることは女として自尊心が満たされる嬉しいことではある。だがボディラインがあらわになるロードバイクのジャージ姿は、ちょっと、いや相当に恥かしい。しかも見知らぬ男達からの視線だ。アイウェアで顔を隠せなければ、真っ赤になって逃げ出したい気持ちだ。
 ちょっと、ヴィーナスのお姉さん――、
 何人かの男が裕美に声を掛けそうになったその時、後ろから怒りが込められた女の声が聞こえた。
「ちょっと、あんた男を誘って喜んでいるの? みっともないから止めなさい!」
「あなたはさっきのナンパ・イタリア人の――」