恋するワルキューレ 第二部
「ワカリマシタ、ワカリマシタ! もうしまセン、もうしまセン! だから離して下サーイ! アー、アー、痛いデス!」
「そう? なら今日は許してあげるわ」
サエコは手を離して、ジローラモを睨みつけた。
「アイタタタ……。サエコ、ホント痛かったデース。乳首をツネるなんて、セクハラじゃありませんカ?」
「何を言っているの!? 元々セクハラしていたのはアンタじゃない! それとももう一度ツネって欲しいの?」
「うわあー! サエコ、すいません。もうしませんから、許して下サーイ!」
「ふん、じゃあ良いわ。そこで反省していなさい。
それから、アンタ!」
そのサエコという女が裕美に声をかけてきた。
「アンタも悪いんだからね! 何よ、その派手なジャージは? “Venus”ですって? まるでナンパしてくれって言ってる様なもんじゃない。さっさと自分のピットに戻りなさいよ!」
な、なによ、それー!?
てっきり、裕美はチーム員が迷惑をかけてと謝ってくるかと思っていたのにー! どうしてわたしが怒られなくちゃいけないの!?
「な、なによ、あなたこそ! そのイタリア人がしつこくセクハラしてきたんじゃない! それに人のジャージを貶すなんて! あなたのそのジャージだって派手なだけでセンスがないわ!」
「わたしは、あなたみたいな子供じゃないし、ジャージだってエレガントさがあるわよ。あなたのジャージなんてただエロイだけじゃない」
「おっと、ミナサーン、ケンカはいけまセーン。お互い仲良くしまショウ」
「あなたは黙ってなさいよ!」
「サエコ、ホントウに怖いデース……」
ジローラモが止めに入るが、二人とも一向に収まらない。
そんな時、隣のピットの騒ぎを聞きつけて、ローラン達がやってきた。裕美が居ないので探していたのだ。
「ヒロミー、一体どうしたんダイ?
えっ……、ジローラモ!? それにサエコも?」
「おや、あなたは『ロワ・ヴィトン』のローランじゃありませんか? 偶然ですネー。ひょっとしてこのカワイイジャージを着たオジョウサンがあなた達のチームメイトですか?」
「ローラン、この変なオジサンと知り合いなの?」
「アア、ちょっとネ……」
「フフフ……、オジョウサン、わたし達はちょっとドコロの関係ではアリマセーン。わたし達『ヴィットリオ・フェラガモ』の社員なのデース。今、わたし達とローランとは激しいバトルを繰り広げているのデスヨ……」
えーっ? この人達、あのイタリアン高級ブランドの『ヴィットリオ・フェラガモ』の人達だったんだー。ウチのライバル企業じゃない!?
でも、やっぱりイタリア人はエッチなことしか考えてないのね! もう! ローランを見て、"Amour"『アムール』の国、フランスを見習って欲しいわよね。
「おっと、オジョウサン、何を考えているのデスカ? 変な想像は止めて下サーイ」
「別に、変なことなんて、考えてません。イタリア人、斯くあるべしと思っただけです!」
「おやおや、オジョウサン。それでは例の『ラコック』の件を知らないのデスカ?」
「えっ、『ラコック』って、もしかして、あのスポーツアパレルの『ラコック』? それが一体どうしたって言うのよ?」
「フフフ……。わたしとローランは熱いバトルを繰り広げていると言ったじゃありませんか。その『ラコック』を巡ってね……」
「えっ、『ラコック』って言えば、今ウチの会社で一番大きいプロジェクトじゃない?それじゃ、ローラン! バトルってもしかして!?」
「……アア、その通りだヨ。今『ラコック』の契約の件で、ジローラモ達とちょっとネ……」
「フフフ……、そうなのデース。我々『ヴィットリオ・フェラガモ』と、ローランの『ロワ・ヴィトン』とは、その『ラコック』の日本進出の代理店契約を取るために激しいバトルをしているのデース。まあロードバイクでも彼らとはライバルでもありますがね……」
「ふーん、でもローラン達があなた達に負けるとは思えないわ。彼ったら凄く速いんだから!」
「フフフ……、オジョウサン、言うじゃありませんか? なら、ちょうどいいデース。一つ賭けをしまセンカ? 今日のチーム・エンデューロで負けた方が、今度の『ラコック』のプロジェクトで手を引くというのはどうでショウ?」
「ジローラモ!! あんたそんなこと言って良いの!」
「フフフ……。サエコ、まあ見ていてクダサーイ」
「ちょっと、ジローラモさん! 何を無茶な言っているのよ! 今度のプロジェクトとレースは全然関係ないじゃない。仮にこのレースで勝ったって契約を強制できるものじゃないでしょ?」
「フフフ……、オジョウサン。それはドウデスカネ……」
えっ、どうゆうことなの? その余裕の笑みは……??
「それではオジョウサン、レースはお互いにフェアに頑張りマショウ!」
ハッハハハ……。
そう言って、ジローラモとサエコは自分達のピットエリアへ戻って行った。
「ジローラモ、ちょっと待ちなさいよ! あなた『ラコック』の契約を賭けるなんて言って良かったの? 負けたら面倒なことになるわよ!」
「フフフ……。サエコ、心配ありまセーン。『ファランクス』でヒロミという女の子を見るのは初めてですからね。ロードバイクを始めて間もないはずデース。彼女が足を引っ張ってくれれば、ウチのチームが勝ちますヨ」
「そう言えば、あの子は新顔だったわね。ジローラモ、あなた馬鹿なフリをして、
結構策士じゃない。褒めてあげるわ」
「フフフ……。私はナンパした女性の顔は決して忘れまセーン。バカは余計ですが、もっと褒めてクダサーイ」
『……何よ? 随分、思わせぶりなこと言っているけど、契約とレースは全然関係ないわよねえ。ローラン?』
『……いや、実はちょっと違うんダ、ヒロミ……。確かに『ラコック』の契約とレースとは直接関係ないケド、今度『ラコック』が日本に出店する時にはサイクル・アパレルも扱う予定なんダ。しかも『ラコック』の社長はロードレースが大好きでネ。彼らのチームがボクらに勝ったってアピールすれば、営業上有利になる訳サ……」
『ええっ? いくら社長がロードレースを好きだからって言って、そんなことで契約が決まっちゃうの? そんな漫画や小説みたいなことってあるの? だってビジネスなんでしょ?』
『いや、これはマジメな話だよ、ヒロミ。ボクらがラコックと日本での販売契約を結んだ時のことを考えてごらん。ボクらはただ商品を輸入するだけじゃないんダ」
「それは分かるわ……。契約前なのにラコックの旗艦店の店舗も、もうウチで探しているって聞いてるけど……」
『その通りサ。店舗の確保もボクらがやらなくちゃいけない。何よりボクらは商品をフランスのラコック本社から仕入れるだけじゃナイ。ただフランスのアパレルを輸入するだけじゃ服は売れないからネ。デザインだって日本人好みのものをチョイスしたり、日本人の流行や用途に合わせてアレンジしたりする必要がある。だから日本のスタッフの能力をアピールすることは大切なんだヨ……。実際にそう行った熱意と社員の能力をアピールして代理店契約を採った無名の会社は少なくないんダ』
『ええ、それじゃあ? ジローラモの言っていたことは本当なの?』
作品名:恋するワルキューレ 第二部 作家名:ツクイ