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恋するワルキューレ 第二部

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ローラン達はバイクに乗って、サーキットを走りだした。舞も彼らを追って、小鹿の様に軽やかに走り去って行く。
「舞! ローランはダメよ! 約束よー!」
「はいはい、もちろん、分かってますよー!」

ふう……。舞があんな凄い子だとは思わなかったわあ。
可愛いのに、気が利くしソツもなくて出来る子だし――。
明るいけど姦しくもないし、朗らかだし――。
そこまでは、会社でも分かっていたことだけど、恋愛も百戦錬磨で、あんな頼りになる子だとは思わなかったわぁー!!
もう、舞ったらー!
……あれ、でもわたし、何かを忘れているような……
 裕美は背中に数多の冷たい視線を感じた――。
咄嗟に振り向くと、女達の嫉妬に狂った視線が裕美に突き刺ささってくる――。
ああっ! わたし一人ぼっちになっちゃったじゃない!?
後に残されたのは、裕美とロワ・ヴィトン応援団の女達だけになってしまった。
ちょっと、舞! 待って、わたしを一人にしないでったら!
 裕美は舞を呼び止めようとしたが、もう遅い。
一人の女の子が怒りを隠そうともせず、裕美にツカツカと迫って来る。
ローランと舞がいないのを見計らって、早速裕美に攻撃を仕掛けてきた。
「ちょっと、あなた。リーガルの北条さんだったかしら?」
「そうですけど……。何かご用でしょうか……?」
「北条さん、あなたどうやってローラン達に取り入ったのよ? わたし達に抜け駆けしてさあ。一体どうゆうつもりかしら?」
「べ、別に……、抜け駆けなんてしてないわ。一緒にロードバイクで走っているだけよ!」
「何よー、あなた自分からローラン達に売り込んだ訳? わたしも入れてなーんてね?」
「わたしはそんなこと言わないもん! ローランの方から声をかけてくれたんだから!」
「ええ! ローランから? あなたそれって一体どうゆうことよ!?」
「別にイイでしょ! 私もレースの準備があるし、失礼するわ!」
 ちょっと何よあの女ったら……。随分、生意気じゃない……。
 ローランから、誘ったんですって……。嘘でしょうー!?
 絶対、あの女から近付いたのよ! どんな手を使ったのかしら?
 後ろから裕美を中傷するような声が聞こえたが、裕美は気にする素振りも見せず、クールにその場を立ち去った。

 裕美は彼女らから見えない場所まで離れると、フゥーー、と大きく安堵のため息を付いた。
 怖かったわぁー!!
 彼女ら本気で怒ってるんだもん!!
裕美もこういった状況はある程度予想はしていたが、嫉妬に狂った彼女らは本当に怖かった。裕美も何か言い返そうかとも思ったが、とても冷静ではいられないだろうし、そんな姿をローランに見られたら、今の二人の関係も一瞬で壊れていただろう。
 本当、舞の言う通りだわ。女の諍いを好きな人に見せちゃダメなのね。
 でも、どうしよう? 舞みたいに修羅場をサクサクってかわすことなんて出来ないし、またピットに戻ればまた諍いが起きるし……。
ローラン達が帰ってくるまで戻れないわね……。
 裕美は仕方なく一人でサーキットの会場を眺めていた。

そんな機嫌の悪い裕美に、一人の外人が下手な日本語で声をかけてきた。
「オジョウサン、ステキなジャージですねえ。ヨク似合いますヨ。あまり見たことのないジャージですけど、オジョウサンはどちらのチームで走るんですカ?」
ええっ? 何よ、この外人? こんな所でナンパしてくるなんて!
その“外人”は背が低く、非常に顔が濃い――。典型的なラテン人だ。おそらくイタリア人かスペイン人あたりだろう。
裕美はあまりこのタイプの人達が好きではない。裕美の経験上、イタリアでも南部出身の人達は、総じて品のない人間が多いからだ。実際、こんな風に声をかけられたことは一度や二度ではなかった。
こんな時に、止めて欲しいわ! ますます気分が悪くなっちゃう!
「ごめんなさい、わたし連れがいるんです。それじゃ失礼しますね」
「分かっていマース。女の子がジャージを着て、一人でレースに来ているはずがありまセーン」
「あなた! それが分かっていて、どうして声を掛けてくるのよ!?」
「そんなエレガントなジャージを着ているのですから、どうしてもお話をしたくなるじゃアリマセンカ。そのお友達もきっとスバらしいセンスをしているに違いありまセン。きっとワタシとも気が合うはずデース」
「ええっと、すいません。わたし達これからレースに出るので忙しいんです」
「大丈夫でース。わたしもレースに出ますから、そんなに時間は取らせまセーン。 あなたもチーム・エンデューロに出るんでしょうから、ピットエリアもそれ程離れていませんヨ」
「ええっ!? どうしてチーム・エンデューロに出るって分かったんですか?」
「オジョウサン、この辺りのピットエリアはチーム・エンデューロに出る人達が集められているのデスヨ。ソロの参加者はずっと反対側デース。わたしもチーム・エンデューロに出場しますが、お互いのピットエリアも意外とスグそばかも知れまセンヨー」
えー!? こんなオジサンにレース中ずっと付きまとわれちゃたまらないわ!
「申し訳ないですけど、わたしこれからレースで時間がないんです。もう声をかけないで下さい!」
「オー、怒らないで下さい。でも日本人女性は怒った顔も上品でステキですネー」
「もう、しつこいんだからー! あっちへ行っててばー!」
「ちょっと、ジローラモ! ナンパなんか止めなさい!」
裕美が大声で騒いでいるのを聞きつけたのか、一人の日本人の女性が助けに入ってくれた。ロードレースのジャージを着た美人であるが――肌も小麦色に焼け、茶髪の長い髪も日に焼け白みがかっている――。ローディーというよりは、湘南の女性サーファーと言った方がしっくりくるだろう。キツそうな性格の低い声がピットエリアに響いた。
「ジローラモ! あんたこんな所でなに油を売ってるのよ!?」
「や、やあ、サエコ……。別にイイじゃありまセンカ? ロードレーサー同士の親睦を深めようとしているのデスヨ……。お願いですから、怒らないで下サーイ!」
「バカなこと言わないで! 何が親睦よ! ナンパしてたのがミエミエじゃない!? ウチのチームの恥だから止めてちょうだい。チームをクビにしますからね!」
「イヤァァ、このステキなジャージを着たオジョウサンも、チーム・エンデューロに出るというので、ゴアイサツをと思いましテ……」
「もういちいち五月蠅いわね! これだからイタリア人は口だけでどうしようもないって言われるのよ!」
「そんなことありまセーン。イタリアの男はダンディズムとアモーレがハートにたくさん詰まっているのデース。
アモーレ、アモーレ、サエコ、愛していマース!」
「ジローラモ!! あんた、嘘を付くんじゃないわよ!! あんたのどこのハートにダンディと愛があるって言うのよ!」
サエコはそのジローラモの胸を、いや“乳首”を指で摘みギュッーと思いっきりツネった。
「アー! アー! 痛い! サエコ、どこを掴んでいるんデスカ! イ、イ、イ、イターイ!!」
「ジローラモ、分かった!? もうこれ以上、わたし達の恥を晒すんじゃないわよ!」