恋するワルキューレ 第二部
「そんなこと言われても、一応ロードバイクの練習なのよ。バイクを持ってない舞が来てもローラン達を困らせちゃうだけじゃない!」
「ああーん、そうですよねぇ……。彼らと仲良くなるのもハードルが高いなぁ。ますます先輩が羨ましいですー」
「さっ、それよりも仕事よ! 今日中にパリからの書類を翻訳して、○○先生に渡さなきゃならないんだからね」
「ハーイ!」
プルルル、プルルル……。
そんな時、裕美のデスクの電話が鳴った。
“Hallo, ”Legal Bureau”.”《アロー、リーガル・ビューロー》
『あら、ローラン? アロー! 裕美よ。ランチ? ええ空いてるけど……。うん、それじゃあ、この前のお店で……』
「エエ! センパイ、もしかしてローランからランチのお誘いですか? スゴーイ! ローランがこんな積極的になるなんて!? センパイ、一体どうやって彼を振り向かせたんですかー?」
「そんなんじゃないってば! ただの自転車チームの話よ。何なら舞も一緒にランチに行く?」
「キャー、行きます! 裕美先輩、嬉しいです!」
うーん、困ったなあ……。
ローランにランチに誘われるのはウレシイけど、この前のレースの話だったら断るかも知れないし、舞がいた方が良いかもね。チームレースなんて言うけど、わたしが一緒に走ってもローラン達の足を引っ張るだけだし……。
もう! ローランも普通にフレンチでも食べよう、って誘ってくれれば喜んで行ったのに!
『ローラン、待たせて御免なさい。舞も一緒に来ちゃったけどイイでしょ?』
『ウン、全然イイヨ。それよりもヒロミ、この前の話どう? 『チーム・エンデューロ』の話?』
『うーん、この前も言ったけど自信がないわ……。みんなの足を引っ張っちゃいそうで……。それに私『チーム・エンデューロ』ってレースも初めて聞いたし、ルールも分からないくらいだから。『箱根駅伝』みたいなものかしら?』
『ハハハ……。確かに箱根駅伝に似てるネ。『チーム・エンデューロ』っていうのは、サーキットをみんなで交代しなから走るんダ。耐久レースみたいなものだネ。途中、何回選手交代をしてもイイいけど、時間内に一番多く周回したチームが勝ちなんダ。それを4人で交代して走るんダ。今回参加しようとしているのは4時間のレースだから、そんなにハードじゃないしネ。ピットインしている間は、走っている人を応援したりして楽しいヨ』
ふーん、チーム・エンデューロってそうゆう競技なんだ……。そうすると、途中で休みながらでも一人1時間ぐらい走れば良いんだから、そんなに大変そうじゃなさそうね。
でも……。
『あのぉ……、ローラン? でも私が入ったら、みんなの足を引っ張っちゃうんじゃないかしら? わたし、ローラン達より全然遅いし……」
『ヒロミ、そんなことないヨ。全然違うヨ。逆なんだってば!』
『逆って……? チーム戦なら、女の私が一人だけ遅くなっちゃうし、足を引っ張っちゃうでしょ?」
『違うんだヨ。ヒロミが出てくれた方が上位を狙えるんだヨ。チーム戦でも『男女混合チーム』で出るからネ。女性で本格的に走れる人は少ないから、混合チームは出場者が少なくてネ。もしかしたら優勝だってデキルかも知れないんダ』
『ええっ? 優勝!?』
『そうだヨ! ヒロミがいてくれれば勝てるんだヨ!』
どうしよう?
それなら出てみようかな……?
遅くて彼に嫌われることもないだろうし、彼と仲良くなるチャンスだし……。
『エー! 裕美センパーイ。だったら出ましょうよ! ローラン、私も応援に行ってもいいですかー?』
『モチロン。大歓迎だヨ。応援してくれると元気が出るからネ。どうだい、ヒロミ?』
『そうね……。ローランがそう言ってくれるなら参加するわ……』
『ありがとう、ヒロミ。みんな喜ぶヨ』
『センパイ、わたし頑張って応援しますからね! マネージャーだってやりますから、何でも言って下さい!』
『ハハハ、ありがとう、マイ。それでレースの予定なんだけどね……』
『もう、ローラン! レースの話もイイけど、ランチも忘れないでね。まだメニューも決めてないのよ』
『おっとゴメンね、ヒロミ。お腹すいたよネ。ボクはデザートも食べちゃうヨ。ロードバイクに乗るとお腹がすくからネ。ヒロミもどう?』
『もちろん頂くわ! 私もお腹すいちゃった。ローラン、このお店はサバランが美味しいの……』
* * *
レース当日、裕美達は富士スピードウェイに来ていた。
F1カーも走るこのサーキットで、裕美、ローラン、アンリ、シャルルの4人が『4時間耐久チーム・エンデューロ』に出場するためだ。裕美達は『団体男女混合クラス』で優勝を狙うつもりで、この日の為に猛練習を繰り返してきた――のではなかった。
裕美も当初はこのチーム・エンデューロで“優勝”するために、ハードな練習を要求されることを心配していたのだが、そんな心配は無用だった。
一応、週に一度、富士スピードウェイを想定した練習ということで、“皇居”を走る練習をした。皇居の周りの『内堀通り』は、広い道路と適度なアップダウンがあるということで、交通量の少ない早朝や土日には多くのロードレーサー達が集まる場所だ。“皇居”だけあって、まさに『聖地』と言えるかも知れない。
その皇居を内回り、反時計回りで走るのがローディー達の定番コース。
北の丸公園から千鳥ヶ淵にかけて長い坂を登り、半蔵門から警視庁前の桜田門まで高速で一気に坂を下る。そして外苑前の長い直線を休みなく駆け抜けるコースだ。富士スピードウェイは、登り下り共に坂がもっと急らしいが、ここで慣れておけば本番も大丈夫だと言う。
そして皇居でひとしきり汗を流した後は、カフェでのランチ&デザートというスタイルがチームとして“練習”だった。
裕美もこんな“楽しい練習”で良いのかと、ケーキを食べながら疑問に思ったが、それで良いらしい。
ローラン達はあくまで楽しくロードバイクに乗ろうというスタイルらしく、裕美もそれは大いに嬉しいことだった。
レースのことが心配になった裕美は、ローラン達に「わたしもっと頑張るわよ!」と一応は言ってみたものの、ローランも「裕美はもうかなり走れるから、楽しんで走ればイイよ」と言うだけだった。
ローランに言わせると、ハードな練習もあまり意味もないらしい。
そもそも短期間で裕美の実力を大きくアップさせることは難しいことだし、まだ経験が浅く自分に合ったトレーニング・メニューや運動強度が分からない裕美に無理をさせることはリスクもあると言うのだ。
それに裕美やローランだって平日には仕事もある。体力的に無理をして、仕事に支障をきたすのはビジネスマンとしてナンセンス。それを他人に強制するなんて尚更だ。
裕美としてはこんな練習スタイルは有難かった。
裕美はもともと身体を動かすことも嫌いではないし、ちょっとスピード狂?の気があるのでロードバイクを走らせることは、かなり性に合っていると言える。
でもロードバイクで速く走るよりも、綺麗で美しくでありたいとの願望の方が何倍も強い。だから日焼けも大嫌いだし、外を長時間走って、汗とほこりで汚れた顔なんて男の人には絶対に見せたくない。
作品名:恋するワルキューレ 第二部 作家名:ツクイ