恋するワルキューレ 第二部
「それにしては凄いですよ! 普通、読者モデルじゃこんなに大きなカットで載りませんよ!まるで本物のモデルみたいじゃないですか!?」
「ちょっと、舞! 恥ずかしいから、そんなジロジロ見ないでってばー!」
「ええー、良いじゃないですかー!? 凄い綺麗に写ってますよー! ねえねえ、センパイ? これってプロのカメラマンが撮ったりしたんですか?」
「別にそんなんじゃないのよー! 友達にカメラの上手な人がいたからー!」
裕美と舞の会話を、ローランはちょっと驚いて見ていた。二人とも素に戻って日本語で騒いでいたので、いま一つ話の内容が理解出来なかったようだ。最も、女の子同士の意味のない戯れ合いなど、たとえ言葉が分かったとしても、男にとってまるで意味ないことに変わりはない。これは世界共通のものだ。
ローランは二人の話に付いていけず、仕方なくフランス語で再び話かける。
『ホウジョウさん、もしかして自分がこの雑誌に載っているの知らなかった?』
『ええ、実はまだこの本を見せてもらってなかったの……。友達の所に届いたって話は聞いてたんだけど……』
『でもホウジョウさん、ヒルクライムで3位なんてスゴイね。それにエレガントなジャージでこんなの見たことないヨ。本当に驚いたヨ』
『えっと……、“ヒロミ”って呼んで、ローラン。大会に出て、たままた入賞できただけなの。運が良かっただけなんだけど――。でもどうして、私も知らないのにローランはこんな記事を見つけたの?』
『ドウシテって、僕もロードバイクに乗っているからネ。ロワ・ヴィトンでロードバイクに乗ってる人はたくさんいるヨ』
『ええっ、そうなの!?』
でも――。
よくよく考えて見れば当然の事だった。ロードレースは日本ではまだマイナーではあるが、本場ヨーロッパではサッカーに次ぐメジャースポーツ。フランス系の会社であるロワ・ヴィトンでロードバイクに乗っている人が居ないはずがない。
『僕と同じデザイン部のアンリとシャルルって言うんだけどネ。チームを作って一緒に走っているんダ』
『えっ? ロワ・ヴィトンにチームまであったんだ。知らなかったわ……』
『ヒロミ! 今度、一緒に走ろうヨ。みんなヒロミのバイクとジャージを見たらすごいビックリするヨ』
裕美の胸が熱くなり心が舞い上がる。
あのローランから誘われちゃった!
ロワ・ヴィトンのNo.1イケメンからいきない“お誘い”を受けるとは、裕美も全く考えてなかった。
もちろん彼には憧れていたけど、何の仕事の関わりもなく彼に声をかけるなんて出来ないし――。もちろん声を掛けることぐらいならわたしにだって出来るけど、でもその後、何を話して良いか分からないじゃない! 何も話せなくて気まずくなったら、変に思われちゃう……。
実際ロワ・ヴィトンで、ローランに声をかけられなくて困っている女の子はたくさんいる。
なのに、彼からわたしにアプローチしてくれるなんて! ロードバイクに乗ってて良かったーー!
でも――、どうしよう?
彼が誘ってくれるのは嬉しいけれど、彼の“興味の対象”って、わたしのことじゃなくて“ロードバイクとジャージ”よねえ?
これは喜んで良いことなのかしら……?
ノンノン! これはチャンスよ! あのローランからのお誘いなんだから、どんな理由にしたって絶対逃すべきじゃないわ! たとえ彼が同じ趣味の『お友達』としてわたしを誘ったとしても、これから恋のエスカレーションを登って行けば良いんだから!
恥かしがってちゃダメ! 彼に言うのよ、裕美!!
顔が赤くなってしまった裕美は、恥かしさの余り視線を逸らしていたが――、小さな声でやっと彼に応えた。
『エエ……。ローランが誘ってくれるなら、イイわよ……』
* * *
裕美はサイクリング・ロードの近くのカフェでローラン達を待っていた。今日はローランとの初めての合同練習だ。裕美はいわゆる『アイウェア』とも呼ばれるスポーツ用のサングラスをかけたまま、カフェのテラスでアイスラテを飲んでいた。
ロードバイク用のジャージは少々派手なため、街中で着るには気恥ずかしいものがあるが、不思議なことにこのアイウェアをかけると、断然“クール”なイメージに変わるから不思議だ。
裕美の付けている“Rudy Project”《ルディ・プロジェクト》のアイウェアは、フレームも色々なカラーのものを選べるし、レンズもシチュエーションに合わせて交換することもできる。ピンクレッドやマリンブルー、さらには虹の様に輝くグラデーションカラーのレンズまであったりする。派手好みの裕美には実にピッタリだ。
それにこのアイウェアは、「私は今スポーツをしてるアスリートですよ」というサインになる。多少“場に浮いた”ジャージでも、“自然なスタイル”に変えてくれる貴重なアイテムだ。
今日の裕美のスタイルは、ヴィーナス・ジャージに白のミニスカートを合わせてきた。ローランがヴィーナス・ジャージを褒めてくれたので、その期待に応えなくてはならないが、まだ裕美はヒップラインがストレートに出てしまう“レーパン”がどうしても恥ずかしく、普段もレーパンの上にスカートを履いている。そんな女性のニーズもあり、自転車専門アパレルブランドからはレーパンの上に履くためのロードバイク用のスカートが売られていたりする。
しかし、裕美が履いているミニはロードバイク用のそれとは違う。バレエ・ダンス用の専門アパレルブランド"chacott"『チャコット』のスカートをセレクトしている。
ロードバイク用のスカートは、ちょっと子供っぽいデザインばかりで裕美が気に入ったものはないし、それに只の一枚布なのでヒップラインも出てしまい、実は履く意味があまりない。だけどこの"chacotto"のミニは細いプリーツが入ったスカートで、これなら気になるヒップラインも隠してくれる。それにこのスカートはダンスの時に履くためのスカートなので、とても動きやすく、それに身体の動きに合わせてスカートもヒラヒラと動くので、女らしさをアピールするのに一役買ってくれる。裕美も“女”を魅せるのに妥協はない。
「ヒロミー!」
「あっ、ローラン! こっち、こっちー!」
ローランに手を振りながら、裕美はその“アイウェア”をサッと外した。
ローランに会えるんだから、素顔を見せなきゃね。
“Bon jour, Hiromi! Ca va?
《ボンジュール、ヒロミ! サヴァ?》
“Oui, ca va bien. Laurant!”
《ウイ、サヴァ・ヴィアン。ローラン!》
今日はローランの他、同じチームメイトのアンリ、そしてシャルルも来ている。
裕美も二人とは今日初めて会ったのだが、3人が同じテーブルに座った時、裕美の心拍数は一気に跳ね上がった。ローランだけでなく、アンリやシャルルも、かなり美的なフランス人だったからだ。
ローランもそうだが、3人とも身長が180を超えて背も高いし、スタイルもローディーの例に漏れず細くスマートでモデルの様な体型だ。スポーツで引き締まった精悍な顔を持つフランス人なら、ルックスについては悪かろう筈もない。
3人とも素敵よねー。でもわたし的には、やっぱりローランかなあ?
作品名:恋するワルキューレ 第二部 作家名:ツクイ