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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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 地獄という言葉を聞いたことはある。しかし、現実的な問題として降りかかることはなかった。地獄がどんな場所かは想像できないが、今いる現世よりも過酷な場所であることぐらいは容易に理解できた。
「……天使? 天使様だったらどうして人を傷つけるんですか? あまりにも無慈悲じゃないですか!」
「罪を犯したら、相応の報いがある。それが世の常ですよ。それとも、あんなことをした悪人をのさばらせてもいいと思うんですか?」
「たとえ悪人でも同じ人間です。天使様だったら尚更」
 先ほどまでの驚き動揺する姿から一変し、毅然とした態度で話す春江。その瞳は一点の曇りもない。その様子を見た仁木は、僅かに微笑みながら呟いた。
「死してもなお、変わりませんね……」
「え?」
「いえ、こっちの話です。あなたと議論しても仕方ないことです。あなたがどう思おうとも、これが現実です。生きる目的がないとあなたは言いましたが、目的がない人がはそれ故に人の道を踏み外す。そして地獄に堕とされる。これも現実なんです。私はあなたにそうなってほしくないんです」
「…………」
「私は心配しておりました。でも杞憂だったようですね。冷静になられたようだ」
 仁木は春江と出会って初めての笑みをこぼす。
「……冷静になんか……なれませんよ……兵隊さん」
「申し遅れました。仁木龍生と申します」
「仁木さん。お尋ねしていいですか? どうすれば、私のからっぽの心を満たせるのでしょうか? この虚しさに、どうしたら勝てるのでしょうか?」
 この言葉を聞いて仁木は詰まってしまった。自殺をする人は必ずどこかに傷を背負っているものである。ましてや自殺後置かれる状況は想像を絶する。
 信念に従い強い部分を見せたとしても、空虚に囚われていることには変わりなかった。
「ごめんなさい……困らせましたね。でもこれだけは誤解しないでください。私……後悔していません! 間違っていません!」
 これが春江なのだ。打ちのめされながらも生き方を変えない。ぼろぼろになっても光をどこかに秘めている。でも春江もぎりぎりのところで踏ん張っているに過ぎない。これ以上のことを求めるのは酷だった。
「そうですか……だったら……胸を張ってください。自分に誇りをもってください。いくら虚しさに襲われようとも自分を大事にしてください」
 仁木はこれ以上は酷だと分かっていながらも、更なる頑張りを促すしかなかった。
「……努力はします」
「そんな悠長なことは言っていられませんよ。全力でやらないと……ほらあそこを見てください」
 仁木が更なる頑張りを喚起させる理由が、仁木の指さす先にあった。そこには、裸で不気味な動きをしている無表情な男達十人が一カ所に集まっていた。
 髪の毛が全く生えておらず、眉毛すらない。体は土こけていて生気が全くない。その代わり白目は驚くほど白く、かっと見開いている様子から際だって見える。口はだらしなく開いており、よだれが垂れ流しになっていた。
 暫くすると、もぞもそ押しくらまんじゅうのように体を押し合い始めた。互いに体をこすり合わせている。その動きが加速し、皆の呼吸が激しくなってきた。
「うりぉぉぉ……きゃぶふぁぁぁ……ちょ……ちょ……ぶじゅりきぇふじょぶうぃぇぇぇ」
 うめき声のような声をあげ、それが奇怪な合唱となって辺りに響く。
「怖い……仁木さん、この人達は何をしているんですか?」
 春江は目を覆いながら仁木に聞く。
「これからが本番です」
 春江は、次の展開に驚愕し、大きく口を開いたまま動けなくなった。
 不気味な男達は次第次第に、融合を始めたのだ。徐々に融合していくため、人間とそうでないものとの中間のような不気味な形になった。変化はそれだけではなかった。融合が進む度に嘔吐をしたり目が飛び出たりとグロテスクに変形していったのである。
 春江は目の前で何が行われているのか、考えることが全くできなかった。それ程、春江の常識を遙かに超える出来事なのである。状況を少しでも理解せねばと本能的に言葉が出る。
「あれは何ですか?」
「もうじき分かります」
 完全に融合した男らは、ある動物の形に変化した。
 狐である。
 男達は融合して狐になったのである。春江は、どうして狐になったのか理解できずにいた。化け狐は、狐がかなり長生きしてからなるもの。原型は動物の狐にあると思っていた。それだけに信じられない光景だった。
「狐? どうして……」
「心に隙間をもった者たちが、その隙間を埋めようと、同じことで隙間をもっている者を探し群れるんです。耐えられない自分に悲観し、自我を打ち消そうとするんです。その結果がこれです。化け狐になるんですよ。化け狐とは狐が妖怪になったものではありません。主に人間が姿を変えたものなんです。」
「私も……狐になるんですか?」
 春江は真っ先に自分の運命と重ね合わせた。
「その心の隙間に支配されたら……そうですね。あなたも狐になりますか? 隙間を埋めることができますよ。」
「……仁木さん……残酷ですね」
「ん?」
 春江の意外な言葉にその意図を理解できずにいた。
「私には、庄次郎さんを見守ることができません。それだけではありません。絶望することも、虚しく思うことも許されない……少しでも踏み外せば見るも無惨な姿に……死んだ後を生きるというのは、そんなに危ういものなんですか?」
「だからまともな者がいないんですよ。死んでもなお、ここにいるもの達はどこがおかしくなっている」
「私もそうなるんですね?」
「そうなりたくないんでしょ? だから私がいるのではありませんか。あなたは儚いながらも、その奥には凛とした眼差しがある。あなたなら、ここを脱出できるのではないかと思っているんです」
 仁木の意外な言葉に春江は驚きつつも、ここを出る方法があることに興味を示した。その上で、どうして仁木がそこまでしてくれるのか疑問に思う。
「仁木さん……どうしてそこまで私に尽くして下さるのですか?」
「実は、あなたが生きている時から、あなたを見ていました。だからこそ応援したいのです」
 春江は納得した。自分は仁木のことを知らない。でも仁木は自分のことを知っている。その上でよくしてくれているのだ。春江は仁木に全てを任せても良いと思うようになった。
「仁木さん……そうだったの。分かりました。ここから脱出する方法があるのなら、あなたについていきます」
 春江は自殺した後の世界の現実を全て受け入れようとした。その上で、ここを脱出する果てのない道を歩くことを決意した。現世からの脱出……
 成仏への道は、まだ始まったばかりである。