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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~現世編~

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 地上から十メートル程の上空一点が光り輝き、その光がゆっくりと移動した。移動した軌跡も輝いたままで、一種の図形を形成した。この図形は六芒星(ろくぼうせい)であった。
 まるで天井に光の六芒星が描かれたような格好になった。次にその六芒星の周囲が光の円で囲まれ、大きな円盤状の図形となった。
――――キュイーーン
 六芒星の円盤図形が音をたてて回り出した。回転と同時にその回転している部分の空間が切り取られた形になっている。次に、円盤がゆっくりと降りてきた。切り取られた空間には異空間のような歪んだ空気が漂っていた。
 円盤はなおも降りてくる。すると、春江は円盤の上に誰かが乗っていることに気付いた。しかし、誰が乗っているかまでは分からない。ただ何者かの足が見えるだけであった。
 次第次第に姿があらわになる。
 足は皮の靴を履いている。下半身は青を基調とした中世ヨーロッパの軍服のようなデザインである。きらびやかに金の刺繍が施されている。その刺繍は何かのマークのような記号のようなものである。
 上半身は下半身と同じく中世ヨーロッパの軍服のような感じである。ただ襟が高く、先が青く光っている。手には、短い木の枝のような棒であるワンドが持たれている。その先は鈍く光り、ぱちぱちと音を立てていた。
 いよいよ顔が見えようとしている。春江はどんな人物なのか興味をもって眺めていたが、その顔が全部あらわになった時、思わず声を出した。
「異人さんだ……」
 肌は透き通る程に白く、まるで陶器のようなつやと輝きがあった。目は青く、髪は白髪に近い金髪。日本という地には似つかわしくない顔だった。
 六芒星に乗り、異空間から舞い降りたこの異人は何者か……春江は仁木に聞くことを忘れ、暫し考えていた。
 そのヒントはその存在の背中にあった。軍服のような服から透き通って突き抜ける形で、透明な板が生えていた。この板は飛行機の翼のようでもあるが、その板に描かれている模様はデフォルメされている翼のようでもある。この板は固定されているのではなく、時折折れ曲がったり、翼のように羽ばたいたりしている。
 天使である。
 劇的な登場をした天使だが、どんな目的で来たのだろうか。異形なる者がうごめき、純日本人達があふれるこの場で、天使の存在は異質だった。
 六芒星が地面まで降り、天使の姿が完全にあらわになった。天使はゆっくりと憑依霊の前まで歩み寄る。憑依霊は、天使の存在に気付き逃げようとするが、身動きが取れなくなっているようで、もごもごと動くに留まった。
「あ……あ……やめろ……やめろ!」
 憑依霊は恐れおののき、迫り来る天使に恐怖を抱いていた。
 天使は憑依霊の前に立ち止まった。
「我が名はロン・ショウグン、三等保安官である」
 転生管理官であるボローニャと同じく、語尾が極端に上がる変わったアクセントである。天使は皆この話し方をする。これが公的な話法であり、天使としての特徴を決定づけるものだと言われている。
 ロンが名前を名乗った瞬間、彼の右側に大きな火柱が立った。その火柱には記号のような文字が刻まれている。どうやら、この記号は、保安官という役職名とロンの名前のことらしい。
 この火柱は名刺代わりであり、身分を偽りなく示すために用いられるもので、天使が出向いて職務を全うする際には必ず提示されるものである。
 ロンは続けて語り出す。
「汝は、憑依禁止法十二条違反及び、刑法二十五条「自殺誘導」違反により、ジュネリング強制失効の令が発令された。神の名において汝を処分する。」
 火柱が消え、ロンは憑依霊に向かってワンドをかざした。ワンドは鈍い光から眩い光に姿を変え、バチバチと激しく火花を散らしている。
 憑依霊の首には首輪のようなリングが取り付けられている。憑依霊だけでなく春江にも仁木にもこのリングがついている。このリングは、生前、肉体とのつながりであるシルバーコードにつながっているリングである。死んだ後はシルバーコードが切れて、リングのみになる。このリングがジュネリングなのである。
 ロンは、ワンドを振りかざし、先にある火花をジュネリング目がけて放り投げた。火花が釣り糸のように伸び、ついには憑依霊のジュネリングに到達した。ロンはワンドという釣り竿をもって、火花の糸を投げ、憑依霊という獲物を釣ったような形になった。
「あ…あ…うわ……やめろ!」
 憑依霊はひどく動揺し、体中を震わせた。
――――パリン
 火花がジュネリングの内部に入り込み、内部から破壊されようとしていた。必死に抗おうとするが、身動きがとれないため抵抗できない。憑依霊は必死に暴れ回るが、ジュネリング破壊は止まらず、しまいには大きな音を立てて分解された。
 ジュネリングが破壊されたと同時に、憑依霊の体が激しく燃え始めた。
「え……何が起こったの?」
 春江はジュネカードが壊れることと、体が燃えることとの関連が分からなかった。
「ジュネリングっていうリングがあるんです。私たちにもついているこのリングは、この世界……現世に存在を許されるという許可状みたいなもんなんです」
「そうなんですか!これが……」
 春江はジュネリングを手に取りながら呟いた。
「このリングが壊されるというのは……現世に存在することを許されないということ……」
「どういうことですか?」
「……まあ見ていてください」
 仁木はそう言いながら、憑依霊とロンとのやりとりに注目させた。
 憑依霊の体は生々しく燃え続け、辺りは肉が焼けた臭いで満ちあふれた。しかし、憑依霊の意識はあり、激痛と共にのたうち回っている。
 肉は焼けただれ、表面に脂が浮き出てきてきた。皮膚はただれ落ちてきたが、その中でも顔の豹変ぶりは異常とも言えるものだった。顔全体の皮膚がめくれ、輪郭はほとんどなかった。目は飛び出し、透明の粘液でかろうじてつながっていた。
 このような状態にあってもなお、憑依霊の意識は明瞭で、必死にこの激痛に耐えていた。
「うわーーー! 痛てぇ! 痛てぇよ! あ〜〜〜! 助けてくれ! 助けてくれ! 頼むから助けてくれ!」
 憑依霊は悲痛な叫びをあげた。
「汝は既に断罪された。汝は神の命により地獄に堕とされる。弁明は閻魔天にするがいい」
 ロンは、目の前の悲惨な状況に対して意に介さずといった感じで、淡々とした口調で話す。
「くそーーーー! 覚えていろよ天使ども! この恨み……晴らさずにいられようか……あ!」
 この言葉を最後に憑依霊は燃え尽きた。ロンはそれを見届けると、再び六芒星の上に立ち、現れた時とは逆の動き、つまり六芒星が上に上がることで、異空間の中に入っていった。
 ロンは異空間に消えていった。憑依霊も燃え尽きて消えた。後には焦げくさい臭いだけが残っていた。
 春江は、衝撃的な光景を目の当たりにして呆然としながらも、ある疑問が頭をよぎる。
「どうして? あの人は死んだ人だから……もう死ぬことができないんじゃ……」
「欲望に任せて罪を犯した。罪を犯すとあの者のように天使から処罰される……あの者は死んだのではありません。無理矢理地獄に堕とされたんですよ」
――――地獄に堕とされる。
 春江はこの言葉を聞いて体が震えた。