天上万華鏡 ~現世編~
「だから泣かないでください。私のために泣いてくれるのはうれしいです。でも、笑ってもらいたいのです。笑って送り出していただきたいのです。だって、暫く席を外すだけなのですから……」
皆、春江の意図を理解した。だから、全力で涙を止めようとした。しかし、春江を愛おしむ気持ちは増すばかり。その気持ちをどう表現すればよいのか迷っていた。
そうこうしているうちに、最後の時が訪れた。燃え尽きる直前まで来たのである。春江は、それを察すると、最後の力を振り絞って、一番伝えたい言葉を口にした。
「お父様! 皆様! 春江は……春江は……幸せでした!」
そう言うと、伝えきったという安心感から、緊張が解け、安らいだ表情で、ゆっくり倒れていった。そして……とうとう燃え尽きた。春江は……地獄に……墜ちた。
皆跪きひれ伏した。天使についても然りである。ただ無言で何も言わず、いつまで経っても顔を上げなかった。春江に敬意を表し、そして哀悼の意を表し、春江の偉業をその身で示し続けたのである。
ジョンも、同じくひれ伏した。ただ、体を震わせながら泣き続けた。春江の最後を見て、自分はなんてことをしてしまったのだろうと思ったのである。春江が神仙鏡を持ち出して、地獄に堕ちることになったのは分かっていた。ジョンからすると春江は単なる罪人であり同情の余地はない。
でも、春江を地獄に堕としてはいけなかったと、十分すぎる程に思える迫力があったのである。天使誘惑についても、そんな事実なんてない。天使が進んでやったことだと心の底から思えた。
春江のジュネリングを壊したのは自分である。それが、どんなことを指すのか十分すぎるほど理解できた。
ジョンは噎び泣きながら、首にかけている十字架のネックレスに手を添えた。すると、その行為を制止する者がいた。仁木である。
「ジョン君。君は、自分がやったことに責任を感じ、ジュネリングを壊そうとしてるのであろう?」
その十字架のネックレスは。ジョンにとってのジュネリングだったのである。
「その通りです。私のしたことは許されることではありません」
「いいや。駄目だ」
「何故ですか! 私は……あの方を……」
「だったら、生きなさい。春江を地獄に堕としたという十字架を背負いながら……この十字架のように……」
「そんな!」
「春江は、これ以上犠牲をなくすために進んで地獄に堕ちた……君が地獄に堕ちたら、春江の遺志を無駄にすることになる。君の償いは生きることである」
「…………」
「春江は、ここに戻ると言った。春江ならできるかもしれない。あなたは見届けなければならない。春江がここに戻るのを」
ジョンは黙って頷いた。仁木はにっこり微笑んで、ジョンに語りかけた。
「地獄からはい上がって天使になるなんて……そんなことは無理だって私も思いますよ。でも、春江ならきっとできると思ってしまうんです。春江がこれまで起こした奇跡を見せられたら……ね」
ジョンはゆっくり顔を起こすと、仁木を見つめ静かに頷いた。
作品名:天上万華鏡 ~現世編~ 作家名:仁科 カンヂ