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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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 涼しい笑顔で応える笠木。しかしその目には覚悟の炎が灯されていた。
「笠木さん。駄目だ! 戻りなさい! 今ならまだ間に合う」
 李は笠木の暴挙とも言える行動に慌てふためき、どうにか諭そう試みた。しかし、笠木はにっこりと微笑むと、ロンへ向かっていった。拳をつくって殴ろうとしたその瞬間、
「公務執行を妨害するのは重罪なり。成仏霊、笠木一平。我は汝を断罪す。地獄に墜ちるがいい」
 と言い、ワンドを構えた。対して笠木は変わらず拳をロンへ向けようとしている。ロンは笠木の拳をワンドで受け、同時にワンドの先に光を灯し、ジュネリングに対する攻撃の準備をした。
 笠木とロンの戦いを目の当たりにした霊たちは、笠木に追従してロンに向かった。
「笠木さんだけいい顔させませんよ」
「菩薩様を攻撃しようとしているあいつは天使じゃない。悪魔に違いない」
「菩薩様をお守りしろ!」
 春江を守ろうとして公務執行の邪魔をしただけでなく、神の使いである天使を悪魔扱いした。ロンにとってこれ以上の屈辱はなかった。それ故、激怒した。
「汝らは、神を冒涜し、神の御心に背こうとしている! 汝らは、既に神に見放されたのだ。悔い改めよ。汝らは既に断罪された!」
 空中に浮きながら呪文のように言葉を吐いた後、ワンドを天にかざした。するとワンドの先に静電気のような火花が散りだした。ワンドを大きく振りかざすと、春江を守ろうとロンに詰め寄った霊たち全員に大きな雷が降り注いだ。
「ぎゃーー!」
 という数々の呻き声が響き渡ると、皆のジュネリングが音を立てながら壊れていった。そう、地獄行きが決定した瞬間であった。
 皆の体が発火し、業火に包まれた。苦悶の表情で呻きながらのたうち回る霊達。しかし、皆必死に耐えている。誰ひとりこのような仕打ちにあったことに対する恨みの言葉を吐かなかった。苦しみながらも、春江が無事であることを確認しながら笑みをこぼしていたのである。燃え尽きようとした頃、笠木は春江の元まで歩み寄り息を切らしながら語り出した。
「春江様……あなたは……みんなの……光です……いつまでも……光り輝いて……ください……」
 そう言うと力尽きて倒れ、燃え尽きた。
「きゃーーー!」
 春江は体を震わせながら悲痛な叫びをあげ、声を出して泣き出した。
「笠木さん……私なんかのために……どうして……どうして!」
 燃えかすをかき集め、抱きしめながら半狂乱になる春江。その様子を李は腕をふるわせながら静かに見つめていた。
「さあ覚悟し給え、城島春江」
 そう言いながらワンドを振りかざすロン。しかしその直後、
「覚悟するのは君である。ロン・ショウグン」
 そこに現れたのは、龍神、ベリー・コロンであった。
「自殺対策課のベリー様……どうしてここに?」
「汝と問答をしている余裕はない。速やかに城島春江を引き渡せ」
 ベリーはできることなら穏便に目的を果たしたかった。ベリーは二等転生管理官であり、ロンよりも階級が高い。階級の違いは主従関係を形成するほどの立場の違いを意味している。この階級の違いからうまく物事が運ぶことを期待していた。
「ベリー様。畏れ多くも申し上げますが、罪人の特赦などの超法規的措置は、局長級の委任状が必要とされるのはご存じですよね?」
「…………」
「転生管理局局長、ラファエル様の委任状をお見せください」
「…………」
 ロンの目の前に羊皮紙状の手紙が現れた。そこに書かれた内容に目を通したロンは、その文面をベリーに見せながら語り出した。
「ベリー・コロン……汝は反逆罪により天使更迭の令が発令される見通しとなった。総務課による正式発令をもって処分されるのが通例だが、私の職務遂行に支障ありとのことで、私の手によって、処分せよとのことだ」
「物事を難解にするのが天使の悪い癖……もっとシンプルに言い給え。つまり、君と私……ここで戦うということだろ?」
「左様、事務官の汝が武官の私を相手にしようとは愚かな……」
「さあどうかな? 転生管理官をなめるなよ」
 ついにベリーとロンの戦闘が始まった。
 ロンは先手必勝とばかり即座にワンドを天にかざした。
「雷鳴よ轟け!」
 すると雲の切れ間から、巨大な稲妻がベリーの頭上に降り注いだ。
 しかし、ベリーの周りに半円球状の結界が張られ、その稲妻を吸収した。この結界は、瑠璃色で色鮮やかなものであり、マーブル状のグラデーションが波紋となって、稲妻を飲み込んだ。その四方には大きな「龍」という文字が刻印されており、龍神特有のものであることを伺わせるものだった。
「ロン君。君は何を考えている。関係のない霊たちを巻き込んでもいいのかね?」
 結界で防がなければ、そこにいた異形なる者達や天使達も巻き添えにしてしまう程の稲妻だった。目的のためには、犠牲もやむなしと考えるロンに異を唱えたのだった。
「汝を倒すためには仕方ない犠牲である。法的にも問題ないことは汝も知っておろう?」
 ベリーにとって予想通りの答えだった。しかし、それは改めて、自分と通常の天使との感覚のずれを実感するものだった。
「君には失望した。ロン・ショウグン」
「何を言う。神の定めた法に従っているではないか。汝に失望される筋合いはない」
 そう言うと、ワンドから散弾銃のように、稲妻を乱れ撃ちをするが、全て結界に吸収される。
「ロン君。君は、「刑務官の怠慢」という言葉を知っているか?」
「…………」
「知らないのか……武官は脳みそまで筋肉でできているのかね? 知性がない天使は品性を疑われるぞ」
「何だと!」
 馬鹿にされたと理解したロンは激怒した。
「地獄の刑務官は、記憶も力も奪われた罪人……丸腰の霊たちをいいようにいたぶる。弱きものがあげる悲鳴をいつしか恍惚とした表情で聞き、しまいにはいたぶっている自分を何やら特別な存在だと思うようになる」
 ベリーは目を細めながら冷たい表情で淡々と語る。
「君も同じだよ。罪を犯した霊たちを相手に……ろくに反抗する術すら知らない霊達を相手に……少しの慈悲も与えずに地獄に堕とす……それが天使のやることか?」
「黙れ! 罪人の断罪は神の御意志なのだ!」
「ほう? だったら、その神の御意志に従い、私を処分し給え。神のご加護があれば、私を処分することなどたやすいことだろ?」
 ベリーはうっすら笑みを浮かべると、いよいよ反撃に出た。
「ベリー・コロンの名において命ず。我に下したその力、餌となりて蓄える。我に従えし水龍よ。姿を現し喰らい給え! オン・サラバ・ナウギャ・ソワカ!」
 すると、結界の「龍」の文字が鈍く発光したかと思う間もなく、その文字から青い龍が飛び出してきた。そして、ロンに勢いよく向かっていった。ロンは慌てながら結界を張ったが……
――――パリン
 四体の龍は結界をいとも簡単に破り、失速せずにそのままロンに食らいついた。
「ぐは!」
 血を吐きながら地面に倒れていった。しかし、それで終わることなく、龍はロンの手足にそれぞれ食いついた。ロンは、地面にはいつくばり、仰向けになって動けなくなった。
 ロンは、瀕死の状況にありながら、それでも何故か強気でいた。