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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~現世編~

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 神仙鏡の縁を優しく撫でながら恍惚とした表情で悦に浸っている。しかし春江はそれどころではない。自分は追われている身。囚われている霊たちが解放されるのを見届けなければならない。自分には時間がないという意識があった。
「三田さん! 早くあの方たちを!」
「何をそんなに慌てるんだね?」
「急がないと私は……」
「安心し給え。天使どもはここに来ることができない。君がここで捕まることはないんだよ」
 囚われの霊を解放することしか頭にない春江は、悠長にしている三田に苛立ちを覚えた。
「仕方ない。来給え」
 春江の表情から察した三田は、ため息をついて席を立つと、霊たちが囚われている部屋へ春江を案内した。
「この者たちの解放が条件だったな。でも君も酔狂だねぇ。こんなカスのためにこんなことを……」
「そんなこと言わないでください。私にとっては大事なことです!」
「君のしたことが、どんなことか分かっているのか?」
「…………」
 なんとなく分かっていた。あのサイレンを聞いたら、とんでもないことになったと実感したからである。しかし、怖くて口に出せなかった。
「神仙鏡は神器だぞ? それを奪ったんだ。地脈管理規則違反……その中でも最高刑。こいつらのためにそこまでやる必要あったのか?」
 三田は春江の反応を楽しんでいた。正義感の塊である春江を、純粋で一片の曇りもない春江を苦しめる。それは、三田にとって至高の喜びであった。
「あなたが持ちかけた話じゃないですか。そんなこと言わないでください!」
「怖いんだろ? これから自分がどうなるのか……だからその恐怖を振り払うように叫ぶ。君の顔にそう書いているぞ?」
「あの方たちを解放してください」
「ふふっ……分かった。約束だもんな。解放しよう」
 明かりをつけると、縛られた霊たちがに管が付けられ、痙攣しながら叫んでいるあの風景が目に入った。
――――今助けますからね……
 春江はやっとこの瞬間を迎えることができたとホッとした。すると、何か様子が変わってきた。
 縛られている霊たちが、透けてきたのである。春江は驚き、目をこすりながら凝視した。それでも更に透けていく。
 しまいには、透明になり、霊たちの姿が見えなくなった。春江は訳が分からず、思わず三田の顔を見て訴えた。
「残念だったな。これは幻だ。誰も囚われてはおらん」
「え? エネルギーを吸い取られている皆さんは……いない?」
「その通りだ」
「……そうですか……」
 衝撃的な事実に春江は顔を伏せてしまった。それを見て三田はニヤリとした。
「だまして悪かったな。君は、この幻のために罪を犯したんだぞ。誰も助ける必要はなかったんだ……失望したか?」
 ゆっくり顔を上げた春江は、小さな声で呟いた。
「よかった……」
「何?」
「誰も苦しんでなかったんでしょ? それにあなたもそういう悪いことしているんじゃないって分かって安心しました」
 思いもよらぬ春江の言葉に、三田は言葉を失った。この期に及んでそんなことを迷いなく言えることが信じられなかった。だが、その期待を裏切る言動が、三田の破壊願望を煽る結果につながった。
「そう言っていられるのはいつまでかな?」
 と言い残すと、即座に転送された。そこは狛犬前、目の前に仁木が立っていた。
「お父様!」
「春江!」
 互いに必死の形相で見つめ叫び合った。その直後春江の背後で
――――ドゴン!
 と地響きにも似た大きな音が鳴り響いた。何事かと不意に振り返った春江は固まってしまった。
 先ほど春江を助けた結界官が捕縛され地面の下へ消えていったからである。
「天使更迭……天使がその職務を全うできなかった際、行政処分が下る前にその任を一時解かれて拘束される処分……」
「そんな……あぁぁ!」
 結界官の元へ全力で駆け寄ろうとする春江。その手を仁木はしっかり握りしめて無理矢理振り向かせた。
「あの天使は全てを分かって自分の判断でやったことです。それに地獄に行くわけではありません。ただ注意を受けるだけです。落ち着きなさい!」
 実は天使に対する処罰は極めて厳しい。それ故に法律に縛られた行動を強いられる。この結界官は間違いなく地獄に堕とされる。
 仁木には、詳しい事情が分からなかったが、春江の行動を見ると、この結界官は、春江を救うために天使更迭になったに違いないと思った。もしそうしたら春江はそこで潰れてしまう。自分のために犠牲になったことに耐えられないだろう。だからこそあえて嘘をついたのであった。
「春江! こっちに来なさい」
 ただならぬ気迫に圧され春江は仁木についていくしかなかった。何も話さない仁木。春江は無言で責められているように感じた。着いた先はいつもの浜辺。異形なる者達を含め、春江の演奏をいつも聴きに来ている天使たちの姿があった。皆、神社の騒ぎから春江が何か事件に巻き込まれたのかもしれないと思い、心配していたようだ。
「何があったのですか?」
 皆、身を乗り出して春江の言葉を聞こうとした。
「三田さんの屋敷に招待されて……そこで沢山の方たちが捕まっていて……その方たちを助けるために……」
「三田……」
 仁木はその名前を聞いて動きが止まった。仁木のよく知る名前だったからである。
「三田が動いたのか……」
「何? 三田だと?」
 天使達の口から次々と三田という名前が飛び出した。
「三田から何をされたんですか!」
 仁木は、とんでもないことをさせられたのだろうと確信した。
「神社の鏡を……」
「神仙鏡を?」
「渡しました」
「何ですと!」
 仁木は呆然として膝をついた。とんでもないことになってしまった。春江を守るどころか何にも役に立っていないではないか。と自分を責めながら、最愛の娘がこれから辿る運命を思い、うなだれるしかなかった。
 仁木と春江の会話を聞いた霊や天使たちは、事の重大さにただただ無言になるしかなかった。その静寂を打ち破るように、あの天使が舞い降りた。
 保安官のロンである。
「我が名はロン・ショウグン、三等保安官である」
 例の如く名刺代わりの火柱が立つ。
「汝は転生管理法十三条及び、地脈管理規則百三十九条違反により、ジュネリング強制失効の令が発令された。神の名において汝を処分する」
「ちょっと待ってください保安官。彼女は堕天使三田により……」
 三田は堕天使であった。堕天使であるが故に春江騙し、天使たちを混乱の渦に巻き込んだ。しかし、春江を断罪しにきたロンにとってそれは関係ないことだった。
「問答無用。現世保安省からの令である。あらがうと汝も懲戒処分が下ることになろうぞ。引くがいい」
 と言いながら、手にしたワンドを振りかざそうとした、その時である。
「やめろ!」
 春江の前に立ちはだかった男がいた。浜辺で春江に救われたあの男。
 笠木一平だった。
「笠木さん? もう成仏したはずじゃ……」
「今日はお盆ですよ……どうしても春江さんのバイオリンが聴きたくて……」
「そんなことしてはいけません……折角……」
「あの時春江さんは私を助けてくれた……ただただ人を恨むことしかできなかった私なんかを……だから今度は私があなたを救う番です」