小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~現世編~

INDEX|37ページ/49ページ|

次のページ前のページ
 

第八章「反逆者」



 その後、春江は、いつものように休息をとり、浜辺でバイオリンを演奏した。そして、神社へと足を進めた。
 いよいよ実行の時だ。春江は大きく深呼吸した後、キリッと前を見据え、駆けていった。鳥居をくぐり、階段を駆け上がり、水の中を突き抜け、氷を割った。
ベリーのエリアに到達したが、これからやることを考えるとベリーの顔を正面から見ることができなかった。
 伏し目がちなその様子をベリーは不審に思った。
「春江さん? どうしたんですか?」
「……いえ……」
 ベリーは、その表情から、おおよその状況が読み取れた。そして、春江は詳しい事情を話そうとしないことも分かった。
「重大な決意をされたんですね?」
「はい」
「それによって、多くのものを失うかもしれない」
「……はい」
「でもやり遂げなければならない理由がある」
「…………はい」
「私を裏切ることになるかもしれない」
「………………はい」
 ベリーは大きく頷いた。そして、黙って道をあけた。春江は驚きの表情でベリーを見上げた。
「さあ、行きなさい」
 いつものように、本殿へ至る門を出しながら、その道を示した。
「ベリー様。どうして!」
「春江さんが、悩みに悩んで出した結論なんでしょ?」
「そうですけど……でも!」
「君の正義は、法律や慣例で量ることができるものではない! 君の頭で考え、人と顔を合わせて判断するもの……そうでしょ? 君の正義を私が犯すことができるでしょうか? いいやできるはずもない! さあ行きなさい!」
「でも……でも……」
 思いもよらぬベリーの助けに、春江はただただ涙を流すしかなかった。ここまで自分のことを考えている天使を裏切ってまでやることなんだ。ベリーの理解、そして愛情が涙となって流れていくのを感じた。
「何を迷っている! 行き給え! 汝の正義を示し給え!」
 ベリーもまた涙を流した。春江の覚悟に答えてやることは、これぐらいのことしかない。春江を見送り、励ますことしかできない。この無力さに涙した。
 ベリーはゆっくり敬礼した。この敬礼は天使が最高の敬意を表する際にしか行わない行動である。春江はそのことを知るよしもないが、ベリーのただならぬ表情を読み取り、ただただお辞儀するしかなかった。
 そして、意を決してベリーの横を通り過ぎ、本殿へと進んだ。本殿の鏡を目の前にして、改めて深呼吸した。そして、コノハナサクヤヒメの世界に行くための光が差したのを確認すると、それが体に当たらないように避けながら、再度鏡を見つめた。
 意を決して鏡を持ち上げた。するとけたたましいサイレンが鳴り出した。
 春江は、この音にびっくりし、急いで立ち去ろうとした。鏡は大きさの割りには軽かった。それは、春江が急いで持ち去ろうとしている気持ちの表れであった。神聖なもので持ち運ぶのはためらわれるという気持ちが強かったら、重く沈み、持つことすらできなかったところであった。
 春江は大急ぎで入り口まで帰ろうとした。通常千回詣を行う時は、玉を獲得した後、入り口まで転送されるが、今度は鏡を持ち帰ることが目的である。転送は当然されない。
 途中、ベリーの前を通り過ぎようとした。春江は深々と礼をして立ち去ったが、ベリーには手にした鏡がはっきり見えた。
 あれは、神仙鏡。地脈の流れを司る神器。それを持ち出すことがどんなことを意味するのか十分に理解できていた。参事として、春江を見逃すことは重大な罪になる。
 春江の覚悟とはこれのことだったのかと自分の想像を遙かに越える行動に震えるしかなかった。自分の立場を考えれば迷わず神仙鏡を奪還し、春江を拘束すべきである。しかし、ベリーは震える足をぐっと抑えながら春江を笑顔で見送った。
 ベリーは春江の後ろ姿を見て思わず呟いた。
「人のためにあなたはどれ程の十字架を背負えばいいのだ……それであなたは報われるのですか? あなたの幸せとは一体何ですか! ……これでも、人のために生きることができる幸せがあると言うんでしょうね……」
 これから春江に降りかかる苦難を想像し、ベリーはうなだれるしかなかった。かつてキリストが背負った十字架を春江も背負うのだろうと考えると、やりきれない気持ちで溢れていった。
 ベリーの元を通り過ぎた春江は元来た道を辿って入り口を目指した。その間、けたたましいサイレンは鳴り響いたままだった。暫くすると、警報アナウンスが流れてきた。
「資源エネルギー局局長ホルスの名において各結界官に命ず。神仙鏡盗難につき、鳥居結界をA3に強化し封鎖せよ。犯人を確保し、神仙鏡を奪還せよ」
 春江はこのアナウンスの意味が十分に理解できなかったが、急いで神社を脱出しなければならないと直感した。更にスピードを上げて走っていった。鳥居の結界が姿を変えて鋼鉄の扉が次第に降りてくるのが見えた。二の鳥居まではかろうじてくぐり抜けることができたが、入り口間際の一の鳥居は間に合いそうになかった。
「間に合って!」
 と叫んだ。すると、それを聞いたのは、春江に心を動かされたあの結界官だった。
「春江さんでしたか……」
 本来ならば、一の鳥居を封鎖し、春江を確保しなければならない立場だが、どうしてもそれができなかった。ベリーと同じく体を震わせながらも体をぐっと押さえて春江を見送った。
 狛犬前まできた。やっと入り口まで来ることができたと安堵したが、それはまだ早かった。狛犬が動き出したのである。暫くするとそれは少女の姿になり、春江に迫った。
「城島春江……汝には失望した」
「観念せよ。汝は袋の中のネズミである」
 そう言い残すと猛スピードで春江を追ってきた。二人の少女が春江を捕らえ、確保したところで、
「狛犬よ、去ね」
 結界官が発した言葉であった。その言葉を聞いた少女は無表情になり狛犬に戻った後、台座に向かって歩いていった。
「行ってください春江さん。何か訳があるんでしょ? ここは私がどうにかしますから!」
 本来鉄壁のセキュリティを誇る神社であった。そのための結界官でもあった。しかし、ベリーや結界官の助けがあって逃げ通すことができた春江であった。
 どんな事情で行動したのか皆一切聞かなかった。しかし、誰の目にも誰かを救うための行動だということは明白だった。だからこそ、何も言わず、結果罪に問われようとも道を空けたのである。
 春江は駆け抜けていった。その先には、三田の世界につなげることができるあの影がいた。
 三田の世界に転送された春江は迷わずに屋敷までたどり着いた。門の前には佐々木がいる。佐々木の案内で屋敷の中に入った。
 晩餐の間に通された春江は、食事中の三田と面会した。
「三田さん……約束通り……」
 手を止めた三田は、ゆっくり春江を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「さすが春江君、お見事」
 うっすら笑みを浮かべながら拍手する三田。佐々木もそれに追従するように拍手した。
「成し遂げようとした決意もそうだが、本当にあの包囲網をくぐり抜けるとはねぇ」
「……早くあの方たちを……」
「そう急ぐな」
 三田は佐々木に目配せした。すると、佐々木は春江がもっている神仙鏡を受け取った。神仙鏡をまじまじと眺めながら三田が呟く。
「これが噂の神仙鏡か。やはり輝きが違うねぇ」