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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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「そんなもの、あるわけないじゃないか。私は何もしていない。凄いのは春江なんだよ」
「そうだよな。私は困惑しているよ。目の前の事実をどう理解すればよいのか」
 李は、春江の演奏で異形なるものたちが浄化され、ことごとく成仏していっている様子を見て、しみじみと語る。
「君の保護する笠木さん? ……も春江の力によるものだぞ」
「ああ、その時は君も歌っていたがね」
 李はニヤニヤしながら仁木を見つめた。一方仁木は、余計なことを覚えていたなと言わんばかりの羞恥の表情を浮かべていた。
「それは冗談だが、笠木は春江のことを仏様と呼んでいる。余程彼を癒したんだろうな。詳しくは聞いていないが、彼にとって忘れることのできない人物になったのは確かだな」
「ああ、正直私も驚いている。こんなことになって、何か災いに巻き込まれないかと……ひっそりとしていたほうがうまくいくことが多いと私は思うのだが……」
 悲観的な仁木に対し、李は楽観的に考えていた。俯きがちな仁木に李は明るく声をかける。
「心配には及ばないさ。菩薩が地に墜ちることはなかろうが」
 李は仁木の肩を叩きながら、高らかに笑いながら話した。
「仁木君。私はこれから帰還するが、やりたいことをするのも程々にな。菩薩の証人は君じゃなくてもいいはずだ」
 李はあくまでも仁木の心配をしていた。仁木もそれは分かっている。でも仁木には、どうしても春江を見届けないといけない理由があった。たとえ自分の立場を悪くしたとしてもである。それは、春江が生前、庄次郎に抱いていた使命感と似たものがあった。
「ああ、忠告痛み入る。君も笠木さんの誘導、頑張り給え」
「ああ。それじゃな」
 どこからともなく李の車であるブルーバードが滑空してきて、李の前で止まる。李は車に乗り込み、爆音と共に去っていった。
 その頃、春江の周りでは、これまでとは違った展開になっていた。春江が異形なる者達と会話をしているのである。
 これまでは、春江に演奏を催促する言葉や、春江を菩薩と讃える言葉はあった。しかし、春江と積極的に会話をしようとする動きはなかったのである。
 その内容は、異形なる者達にとって、自らが浄化され、前向きな精神状態になったが故の苦悩だった。
「春江菩薩様、私は自殺をして成仏できないことに絶望して、醜い姿になりました。春江菩薩様の御慈悲で頑張ろうと思えるようになりました。でも、どうやっても成仏できません。何をどう頑張ればよいのか分かりません」
「そうです。私はどうすればよいのでしょうか? 自殺していない者達はみんな成仏します。でも私たちは成仏できません」
「菩薩様は、諦めなければ夢は叶うと言われました。私は諦めません。だからどうか道を示してくださいませ」
 春江はこれを待っていた。
 最初にバイオリンで水死霊を救った直後、自殺霊によって融合を迫られた。水死霊を救えても自殺霊は救えない。自分の力の限界を見せつけられた苦い思い出である。
 あの時の事を振り返り、春江は思った、少年の姿をした自殺霊は、水死霊は救われるのに自分は救われないという虚しさをぶつけたのではないかと。
 今、自殺霊たちも、救われたいと思っている。あの時できなかった自殺霊の救済を今ならどうにかできないかと思ったのである。
 春江は、自殺霊たちの悲痛なる叫びを受け止めながら、仁木の方を見て話す。
「お父様、この方達も千回詣を挑戦できますよね?」
 その瞬間、異形なる者達の視線が仁木に集中し、その直後、仁木に皆ひれ伏した。
「あの方が菩薩様のお父上なのか!」
「ああ! 何も知らずに無礼なことを!」
「お父上!」
 仁木は思わぬ動きに戸惑うしかなかった。
「ああ……表を上げてください。私はそんな大層なものじゃないですよ」
「でも私のお父様でしょ?」
 春江はにっこり微笑んだ。
「春江……困るじゃないか」
 仁木は苦笑いをした。
「そうですね。私が取りはかっておきましょう。しかし、この者達を千回詣に連れて行ったとしても、あなたのようにうまくいくとは限りませんよ。最初はあなただって耐えられなかったでしょ?」
「……そうです。でも、仁木さんが私に元気をくれたように、今度は私がこの方達に元気をあげたいんです」
「分かりました。頑張ってくださいね」
 仁木はそう言い残すと、神社の方へ去っていった。
「皆さん。成仏する方法があります」
 どっと歓声が沸く。
「でもとても辛い試練です。でも諦めなければ絶対乗り越えることができます。お父様が今、皆さんがその試練に挑戦できるように準備をしています。その間、私の演奏をお聴きください」
 自殺者の目が光り輝いた。皆春江が本当の菩薩に見えたことだろう。春江は自分たちを救ってくれる。自殺した自分も救われるんだ。春江は全ての者達に希望を与えた。
 しばらくして春江の演奏が終わり、春江と自殺者たちは、千回詣を行う神社に向かった。
 自殺者達は、どことなく緊張しており、普段の無表情でどこか無機質な雰囲気とは全く違っていた。
 神社に着くと、仁木が狛犬と話している。千回詣のための手続きをしているようである。春江はその様子を確認すると、自殺者たちに語りかけた。
「これから千回詣という試練が始まります。とても厳しい試練です。でも、諦めなければ絶対乗り越えられます」
 それを聞いた数人の自殺霊たちは、春江の言葉を聞き終わる間もなく駆け出していった。
「ちょっと待ってください! まだ話が……」
 春江の制止を振り切って、鳥居の奥へ走っていった。すると一の鳥居をくぐった途端、圧力に耐えきれずに倒れ、地べたに這いつくばってしまった。そして、うめき声を上げながら震え続けた。
 春江は急いで駆け寄り、鳥居の手前まで引きずった。
「大丈夫ですか?」
 そう言いながら春江は、一の鳥居をくぐっただけで、歩けなくなったのを不思議に思っていた。
 実は、普通の自殺者にとって、一の鳥居でさえ困難なのである。
 春江は挫折した最初の挑戦であっても、一の鳥居はクリアできた。春江自身はその後の挫折を、覚悟が足りなかったからと評価した。しかし、常人と比較すれば、それでも凄いことだったのである。
 自殺者たちは、倒れ込んだ者達を見て狼狽した。その様子を見て、春江は慌てて口を開く。
「皆さん。始める前に、絶対乗り越えてやる! って念じるんです。そんな気持ちになったら、思い切って走っていくんです。そうするとうまくいきます」
 自殺者たちは息をのみながら、春江の言葉に聞き入った。目の前で悲惨な光景を目にした後である。次は自分かもしれない。しかし大丈夫だと春江は言う。
 自殺者たちは、千回詣に挑戦するべきかどうか迷っていた。
「さあ行きましょう」
 爽やかな笑顔で誘っているが、それとは対照的に自殺者たちは立ち止まって動けないでいる。
「春江に簡単にできることでも、この方たちには難しいこと。察してあげないと可愛そうです」
 仁木は、春江を諭した。春江は仁木の言葉を理解しながらも、自殺者たちを千回詣に挑戦させたい。その思いをあらわにしてしまう。
「春江も少し前まで、千回詣を勧める私を罵っていたじゃないですか。大変な事なんですよ」
 春江ははっとして俯いてしまった。