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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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「恥ずかしい事を思い出させないでくださいよ、お父様」
 頬を赤らめながら呟いた。そうだった。あの時、成仏しなくてもいいから、あの苦しみを味わいたくないと思ったものだ。自殺者たちも同じように恐怖にさいなまれているのではないかと思った。じゃあどうすればよいのだろうか……思案に暮れるしかなった。同時に、千回詣をしきりに勧めた仁木の気持ちがやっと分かったのだった。
 そんなやりとりをしているのを黙って聞いている存在があった。それは、鳥居の側にいる結界官である。そして、以前まで春江を冷たい目で見下ろしていた者である。この者もまた、春江によって変容していた。
 この結界官は、以前のベリーと同じく、人間はいかに利己的で弱いものかと侮蔑の対象でしかなかった。しかし、春江には確固たる意志があった。そして、その意志も人を助けたいという利己的なものとはおよそかけ離れているものだった。そんな春江を目の当たりにして結界官の人間に対する意識が変わってきた。
 そんな時に、また春江がやってくれた。今度は、自殺者を多く引き連れて千回詣に向かわせようとしている。そんなことは、保護観察官の役目。つまり天使がやることなのに……
 自分のことよりも他人のことで奔走する春江の行動が理解できなかった。
 ある意味、天使よりも慈悲深く皆を照らす春江を見ていると、淡々と職務を執行するだけだった自分が恥ずかしくなってきたのである。そんな思いが募った今、ついに口を開いてしまった。
「汝らは、何故異形な姿から脱っしたか考えよ。その先にある光を見たからであろう。光をその手にするには、当然犠牲があろう。だが、その犠牲さえ乗り越えたら、光があるのである。自殺した者たちよ、絶望するな。光は目の前にある」
 自殺者たちは、結界官にひれ伏した。天使から、光があると言われた。これまで絶望することしか許されなかった自殺者達は歓喜に震えた。そして、覚悟を決めた者達から、ゆっくり歩み始めた。
 春江は、思わぬ支援にびっくりしたが、結界官も自殺者に対する慈悲があったのだと素直に喜んだ。真相は春江の力によるものだが、それは知るよしもなかった。
 当然、千回詣に挑戦した自殺者達の全ては最後まで乗り越えることができなかった。でも、挑戦すること自体、自殺者たちに希望を与えることだった。この先には必ず光がある。これまで光すらも見えなかった自殺者達にとってそれだけで十分だった。何度も何度も挑戦した。
 結界官も手を貸すことはできなかったが、常に励まし続けた。春江の力で千回詣の様相が変わろうとしていた。
 春江は、自殺者たちを励ました後は、自分の千回詣に取り組んだ。玉が五百個を越えた辺りから、汗すらかかずにクリアできるほど余裕が出てきた。
 その頃、龍神のベリーは、春江に会うことを心待ちにしていた。春江は自分のことよりも他者の幸せを優先する。自分を犠牲にしてまでも他者を救おうとする。自分のことしか考えられない人間が溢れる中、春江の存在は異質だった。
 ベリーの周りにいる天使でさえ、目の前の職務を淡々とこなすことを優先し、人間のために慈悲深く尽くすことは後回しなのである。ベリーは、天使のあるべき姿を示す「天使訓」にある
「天使は常に慈悲深く神の御意志を実現すべく尽くすべし」
 という言葉をいつも虚しく眺めていた。だからこそ、ベリーは、春江こそ天使のあるべき姿ではないかと思うに至ったのである。
 春江は自殺によって穢れてしまった。だから、罪人として千回詣を受けなければならない。しかし、それによって穢れが祓われ、その背に光を纏うようになった。
 その様子を眺めて、ベリーは、
「これが本来の春江さんなのだ」
 と呟いた。春江がもし、自殺しなければ、自分よりも高い地位にいるだろう。春江の魂にふれたベリーだからこそ、心の底からそう思える。
 ベリーは春江の魂にもっとふれたいと思った。そして、どうして自殺をしてしまったのか、何かやむにやまれぬ事情があるのかはっきりさせたかった。
 ベリーは立場上、この気持ちを表立って出すことが許されなかった。あくまでも天使と自殺者の関係を保たなければならない。この発想こそが天使特有の打算的な考えだと自責しながらもその考えに縛られた。
 しかし、今日こそは聞こう。天使としてあるべき姿を追い求めてみようと心に決めた。
 そう思いを巡らせているうちに、春江がやって来た。
「ベリー様。今日も来ました。よろしくお願いします」
「はい。春江さん。お待ちしていました」
「天使様が私なんかを待っていたなんて……」
 照れ笑いを浮かべながらベリーを見つめた。
「いえ、天使だって楽しみぐらいありますよ」
「光栄です……今日はどんな訓練を?」
 いつものように訓練が始まると思っていた。しかし今日は何だが様子が違う。
「今日はお話しましょうか」
「訓練はいいんですか?」
 びっくりして聞き返す。
「はい。たまにはいいじゃないですか」
 ベリーはできるだけ平静を装いつつ返した。
「天使様と私がそんなお話なんて……」
 立場の違いから春江は恐縮してそう言った。しかし、ベリーにとってそんな気遣いは無用だった。
「天使だって、話したいことありますよ。それとも迷惑ですか?」
「いいえ……光栄です」
 そう言いながら、石製の長椅子に腰掛けた。しかし直後、はっとして勢いよく立ち上がってベリーの方を見た。ベリーをさしおいて勝手に座ってしまったからである。
「いえ、お座りください」
 改めて春江は椅子に座った。同時にベリーはその横に腰掛けた。
「千回詣、うまくいっているようですね」
「はい。お陰様で随分楽になりました」
「そうですか。それはめでたいことです。この調子だと千回まであと少しですね」
「ありがとうございます。最後まで頑張ります!」
 ベリーに褒められたことがうれしくて笑みがこぼれた。
 和やかな雰囲気になったところで、ベリーはあの話題を切り出した。
「春江さん。あなたは人を助けるために頑張っているそうですね」
「はい。皆さんの笑顔を見たいんです。もし、悲しんでいたら、笑顔にしたいんです」
「どうしてそう思えるんですか? 人は人。あなたはあなたではありませんか?」
 ベリーがいつも春江に抱いていた疑問である。
「いいえ。それが私の幸せですから」
 春江は、満面の笑みを浮かべながら言った。それを見たベリーは息をのんで固まってしまった。春江の背に強烈な威光を見たからである。しかし、それはすぐに収まり、元の姿に形を変えた。
 これは錯覚か。そう思ってしまうほどの光景だった。しかし、春江の言葉には、その光景に見合う迫力があった。
 ベリーは手を震わせながら次の疑問をぶつけた。
「じゃあ、どうして自殺なんかしたんですか? あなたにそんな夢や希望があるなら、そんな馬鹿なことは……」
 春江は悲しそうな顔をしながら俯いた後、すぐさま顔を上げ、ベリーに言った。
「私には庄次郎様という夫がいました。夫は軍人です。いつ命が狙われるか分からない。でも、庄次郎様は私のために絶対に死なないとおっしゃってくれました」
 ベリーは固唾をのんで続きを聞こうとした。