天上万華鏡 ~現世編~
春江は、龍の一言で自分と天使は相入れないものであることを再認識した。その上で、自分は天使になろうとしている。自分は温かく、人間を思いやれる天使になりたいと思いを新たにした。
これ以上、龍との会話することはないと悟った春江は、龍を避けて、次の鳥居をくぐり抜けようとした。すると龍の口が白く輝き、レーザーのような光線数本が、春江に浴びせられた。音もなく、春江の体に突き刺さる。貫通したレーザー光線は、空気の中に消えていった。
「あ……あ……」
春江は、貫通した体を見つめながら唖然とした。これまでの試練を考えれば、体を何かで貫通されることぐらい何ともないはずだが、今回は違っていたからである。貫通された体が再生されなかったのである。
春江は左胸と小腸の辺り、あとは右肩の付け根がなくなっており、そのため右腕は辛うじてくっついている感じで、プラリプラリと情けなく揺れていた。
春江は痛みに耐えながら、龍たちを見据えて、どんな攻撃が来るのか身構えた。
「我を倒せ。我は汝の敵である。我を倒すことで前に進むがいい」
龍はそう言ったが、春江にはそのような行動がとれなかった。
――――龍神様に手を上げることはできない……
春江にとって自分に危害を加えるものであっても、龍は崇高なる存在であるということに変わりない。だから手を出せないのである。
更に、人を傷つけることで自分が得をするという事があってはならないと思う春江であった。だから、もし倒さないと先に進めないというのなら、仕方ない。相手を傷つけるよりはましだと当然のように結論づけた。
だからこそ、龍の言葉を聞くや否や再び龍を避けて鳥居を目指そうとした。その姿を見た龍は激昂した。
「我を倒す以外進み道がないと言ったはずだ。汝は我が示した道をないがしろにするのか!」
そう言いながら、龍は、春江の体を咥え、天高く羽ばたいていった。天に向かって垂直に羽ばたく龍はあっという間に雲の上まで到達した。上空数百メートルにでもなっただろうか。最早、千回詣をしている神社が、点となって見えなくなる程の高さになってしまった。空気は薄く、呼吸するのが困難になってきた。また、気温が急激に下がり、春江の体は寒さのあまり凍ってきた。
「汝の所業を悔い、改めよ」
そう言い残すと、龍は春江の体を離した。春江の体は、一気に地面めがけて真っ逆さまに落ちていった。
「あ……あ……きゃ〜〜〜!!」
思わず叫んでしまった。いきなり想像もつかない状況に呑まれてしまった春江だが、それ以上に龍が発した
『汝の所業を悔い、改めよ』
の真意が何なのか気になっていた。
――――龍神様に何か失礼な事したかな?
龍に手を上げなかったことが失礼なことか? 思い当たることはそれしかない。でも、それはできない。龍の機嫌を損ねることになったとしても、それによって千回詣を乗り越えるとができなくなっても仕方ない。罰当たりなことは、どんなことがあってもできない。春江は地面めがけて猛烈な速さで落ちながら、そのような事を考えていた。
そうこうしているうちに、地面が近づいてきた。もうすぐ地面に激突する。何故か恐怖は全くなかった。ただ気になったのは、龍に失礼なく先に進むにはどうすればよいのかということだった。
春江が地面に激突する瞬間、周りは大きな地震が起きたかのような、大きな地響きがした。そして、衝撃があまりにも強かったのか、春江の体はバウンドして更に十数メートル跳ね上がった。春江の体が地面にへばりついたのは、暫くしてだった。
龍はゆっくり春江の足元まで歩き、見下すような瞳をしながら話しかける。
「もう一度言う。我は汝の敵である。我を倒すことで先に進むがいい」
春江は、弱々しくも毅然とした態度で返答した。
「それは……できません……龍神様に……罰当たりな……」
「まだそんなことを言っていのか。我の示す道を逆行することが、まさに罰当たりであることに気付かないのか!」
そう言うと、龍は空を見上げた。空は曇っていたが、雲の切れ目から何かが見えてきた。大きな目である。同様にその切れ目から、巨大な腕が飛び出してきた。その腕が、拳の形を形成していくと、春江めがけて振り下ろされた。
――――ズドーーーン
またもや、大きな地響きが辺りに響いた。春江は、数百メートルの上空から落とされたばかりでなく、巨大な拳で殴られた。しかも再生せずに、体はバラバラになったまま。これまでとは違う危機的な状況が春江を襲う。
「これでも我を倒さないと言うのか? このまま我に傷つけられたら、汝は消滅することになろうぞ」
「か……まい……ま……せん……」
「何を言う。自分が消滅してもよいのか?」
「龍神様……を……傷つけ……」
話をしている最中だが、春江をは意識を失ってしまった。龍は春江の行動を理解することができなかった。そのため、春江が語ろうとした先の言葉を聞きたくなった。
龍は目から光を発すると春江に向けてそれを放った。すると春江の体が再生され、同時に春江の意識も戻った。
「汝に問う。汝は何故成仏しようとするのか?」
「成仏して天使様になるのです」
「天使だと? 笑止。汝がなれると思っているのか?」
「なれると思っています。天使になって人間全てを救いたいのです」
「人間全てを?」
「はい。だから、人が傷つけてまで成仏しようと思いません。人を救いたいのに、人を傷つけることはできません!」
「だから我にも向かっていかなかった訳だな?」
「はい」
「人のためにそこまでできるのか? 人のためにここまで来ることができたのか? 所詮救われたいのは自分ではないのか?」
「人が救われたらうれしいです。だから、人が救われたら私も救われるかもしれません……」
龍は言葉を失った。これまで、利己的な人間しか見たことがなかった。それ故に、何とも人間とは醜いものだと落胆していたのである。だからこそ、人間に対して酷い試練を与えることに躊躇しなかった。
これまでこのエリアをクリアした人間はおろか、到達した人間すらいなかった。なるほど、ここまで来ることができるのは、このような境地に達したものだけだであろうと納得した。
龍は、光輝き、姿を変えた。その姿は天使であり、鳥居のそばにいる天使と違ってきらびやかな紫の色をした制服だった。
「私の名は、ベリー・コロン。転生管理局自殺対策課参事、別名、龍神と申します」
と言うのと同時に黄色い火柱が右側に立つ。例の名刺代わりの火柱である。
春江は呆然とベリーの言葉を聞いていた。状況をまったく理解できなかったからである。
「よく耐えました。そして、崇高なる意思を示しましたね。感服いたしました。あなたこそ、成仏すべき人かもしれません」
ベリーは指を鳴らすと、目の前の鳥居が消え、大きな門に姿を変えた。同時に、門を取り囲むように、天使たちが立っている。春江はこんな多くの天使が自分を攻撃するのか不安になったが、実際は違った。皆、春江を笑顔で見つめながら拍手をしているのである。
「春江さんに祝福を」
そうベリーが言うと、春江の頭上から赤や桃色の花びらが降り注がれた。ベリーは、門の側まで春江を誘導し、その中に入るように促した。
作品名:天上万華鏡 ~現世編~ 作家名:仁科 カンヂ