小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~現世編~

INDEX|20ページ/49ページ|

次のページ前のページ
 

 やっぱり庄次郎の名を出すべきなのか……それしか方法はないのか……庄次郎をだしにして、春江の心を動かしていいのか……
 仁木の脳裏は、決意、焦燥、迷いなどの様々なものがが交錯し、その表情は次第に鬼の形相に転化していった。もうすぐ見えなくなるという頃になって、仁木はようやく重い口を開いた。
「春江さん! 天使になりなさい!」
 突拍子もない言葉だった。春江は思わず振り返り、仁木と目を合わせるのであった。
 春江は「天使」という言葉に心を奪われた。天使は春江にとって無縁の存在であり、雲の上の存在である。ましてや自殺により穢れたと思っている春江にとって、自分と真逆の存在なのである。
 天使は崇高でありながら、人間を従える者。春江は直感で、支配するものと支配されるものとの関係だと捉えていた。
 それ故に、自分が天使になるという言葉にはかなりの違和感を感じた。仁木は気休めで嘘をつく人物ではない。極めて現実的な考えをもち、それを口にする。仁木と出会ってまだ少ししか経っていないが、この性格だけは断言できるほどの信用があった。
 その仁木が言うのである。仁木がどんなことを意図してその言葉を発したのか分からないが、春江は興味をもって話を聞くに足ると判断した。
 仁木の言葉に心を奪われたことにより、春江の体は仁木がいる位置に吸い寄せられた。豆粒ほどにしか見えないほど遠くにいた両者だが、会話をしようとする思惑が一致するとあっという間に引き合った。
 仁木は春江が引き寄せられ近づいていく様子を見つめながら安堵していた。とりあえずは引き留められた。しかしそれは立ち止まらせただけなのである。
 春江の気持ちを千回詣に向けなければならない。思い出すだけでも身の毛がよだつ恐怖の対象に向き合わせなければならない。これがどんなに困難なことであるのか仁木自身、十分に理解できていた。
 天使という言葉を使ってみたものの、それが千回詣を乗り越える励みになるのだろうか。これより春江から、真意を問いただされる。どう答えようかと思案する間もなく目の前に春江が到達した。
「天使様になるってどういうことですか?」
 春江は単刀直入に疑問をぶつけた。
「……そうです。天使になりなさい」
「意味が分かりません。私が天使様になれるわけないじゃないですか!」
「千回詣を……」
「絶対嫌です!」
 春江は仁木の言葉を遮るように叫んだ。
「…………」
 春江の荒々しい拒絶により仁木は言葉を発することができずにいた。
「仁木さん。あなたは、天使様をだしにして、またあんな思いをさせようとしているんですか?」
「……はいそうです」
「仁木さん……最低ですね……」
「…………」
「私があそこでどんな目にあったのか、ご存じですか?」
「……はい」
「それ違います。分かってない。……体が潰れて……燃えて……切り刻まれて……」
「…………」
「想像できないでしょ? 燃えて切り刻まれるって想像できないでしょ?」
 途中興奮が止まらず口を震わせながら語り続けた。
「生きている時に同じ目にあったら絶対死ぬ……そんなことを何回繰り返したと思うんですか? 何十回繰り返したと思うんですか? それを……それを……また繰り返すってどんな残酷なことか……あなたに分かりますか?」
 千回詣のことを思い出したのか、興奮しながらも涙がこぼれ止まらなくなっていた。
「分からないでしょ? 分かっていれば、またあれをやれって言えないと思います!」
「でも、千回詣をしないと成仏できません」
「……成仏して何になると言うんです?」
「え? だって成仏したら庄次郎さんに……」
 と、口を開こうとした瞬間
「会えないんでしょ?」
 その言葉を聞いて仁木はびっくりした。成仏したら庄次郎を守ることができると言うつもりでいた。それが春江を発憤させる唯一の方法であると信じていた。なのにそれを春江が即座に否定した。どんな思惑でその言葉を発したのか、仁木は聞くしかなかった。
「どうしてそう思うんですか?」
「だってそうでしょ? これまで、成仏したら庄次郎様に会えるって一言も言われてないですよね? 仁木さんだったら、庄次郎様のことを言って、私を励ますと思います」
 思わぬところで真実が白日の下にさらされ、仁木は手がなくなったと焦っていった。
「庄次郎さんをお守りできないのに、成仏する意味なんてありません」
 春江は成仏しても庄次郎に会えないのではないかという疑念をもちながらも、仁木にそれを否定して欲しいという気持ちがあった。それを仁木につきつけても否定がないという事実の前に肩を落とした。
「どうして意味がないんですか?」
「庄次郎様あっての私なんです! 庄次郎様がいない今、私が存在する意味なんてないんですよ!」
「あなたの人生はあなたのものです。庄次郎さんのものじゃない。あなたはあなたのために生きるべきだ」
 仁木がこれまで何度も言いかけた言葉だった。春江は今に至るまで、人のために不幸な道を歩いていた。そろそろ自分のために生きてほしい。それが仁木の切なる願いだった。
「庄次郎様に尽くすのが私の人生なんです! いけませんか? いいじゃないですか! 誰が何と言おうとも変えるつもりはありません」
 予想通りの返答だった。しかし悲嘆にくれることなく言葉を続けた。
「人のために生きるのであれば…………天使になりなさい!」
「なれるわけないじゃないですか……」
「いいえなれます。千回詣を終わらせて、成仏して、天使になるんです」
「天使様になる意味なんてないんです!」
「あなたは、自分のことよりも人の事が大事でしょ? 自分は傷ついても人を助けたいんでしょ? 自分が幸せになるために人を傷つけることはできないんでしょ?」
「当たり前じゃないですか」
「まだ生きている庄次郎さんを助けることは無理かもしれません。でも、他の多くの人を救えるじゃないですか。先ほどもバイオリンで救った。もっと救いたいんじゃないですか?」
「そうですけど……私にはできません」
「だからなんですよ。だから天使になりなさいって……」
「私なんかが天使様なんて……」
「なれます! いや、あなたはなるべきだ!」
「え…………」
 春江は仁木の強い言葉に気後れしながら、気持ちが揺れていた。天使になれというのは、冗談でなく本気だった。仁木の表情から春江は直感したのである。
 でもやはり自分がなれるはずもないという気持ちが支配する。葛藤している最中、仁木は決定的な言葉を口にする。
「庄次郎さんだけでない……天使になって偉くなって、人間全てを救いなさい。あなたにはそれができる!」
「人間全てを……救う?」
「そうです。この前、浜辺で私が切り落とそうとした輩を救えなかったのも、あなたに力がなかったからです。天使になって、力を注げば救えたかもしれない……」
「自殺した人もですか?」
「天使は自殺者のことなんてどうでもいいと思っています。罪を犯したんだからどうなろうと知ったことではないってね」
「そんな無慈悲な……」
「でもあなたは違った。自分は墜ちてもいいから、助けたいと言った。そんな人こそ天使になるべきだ!」
「………」