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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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 春江は呼吸を荒げながら進むことしかなく、独り言すら言えなくなった。途中、両手両膝をついて立ち止まってしまったが、その状態を続けると更に圧力強くなり、全く動けなくなる恐れがあった。そのため、力を振り絞って両足で立ち、ふらつきながらも前に進もうとした。
 すると先程侮蔑の表情で嘲笑した天使が語る。
「汝はその身の穢れを払うためにここに来た。これより汝の穢れは炎となりて燃えさかる」
 その瞬間、強烈な圧迫に加え、灼熱の日光が照りつけた。滝のような汗を流しながら、暑さと圧迫に耐え続けた。しかし、耐えるだけでは前に進めない。
「あ…あ…あ〜! 負けるものか!」
 春江は大声で叫び、苦悶の表情を浮かべながら進んでいく。最早理性などなかった。あるのはただ野生の本能のみ……
 十メートル進むのに一時間かかった。たったそれだけのことなのに春江の精神は崩壊寸前だった。
 程なくして二の鳥居に到達した。春江は、亡者のように手を前に突き出し、足を引きずりながら進んでいった。
 二の鳥居も透明の壁があった。しかし、この壁は一面に塗りつぶされた壁ではなく、五センチ四方の格子状のものが網目のように張り巡らされた壁であった。そのため、一の鳥居にあった壁よりも貧弱に見え、通り抜けることは容易だと思わせるものだった。
 春江も同様に判断し、軽い気持ちで手を伸ばした。その途端、激痛が走り、おびただしい出血をした。
 格子状の網目が鋭利な刃物になって、手を切り刻んだのである。しかし不思議なことに、網目が体を通り抜けるときは、その部分を切り刻み出血をともなった激痛が走るのに、一旦体を通り抜けると、その部分は見事に再生された。つまり、網目がくぐり抜けた部分だけが切り刻まれるのである。しかし、激痛は再生された後も残っている。
 この事実を眼前にして春江は失意のどん底に落とされた。ここを通らなければ目的を達成できない。しかし、ここを通るには、体中を切り刻まなければならない。それも自らの手で行うのである。
 しかも、激痛のあまり途中で立ち止まると、体の中に刃物を残したまま立ち止まってしまうことを意味していた。
 この残酷な試練に春江は打ちひしがれた。
 この弱気になった春江の心を容赦なく強烈な圧力や灼熱が襲う。意志の強さがこれらの耐性になる。弱気になったら、よりそれらを強く感じ、耐えられない苦痛となって襲う。
 目の前に絶望に押しつぶされそうになる自分を奮い立たせながら、腹を決めて前に進んだ。
 まずは右手。手のひらが切り刻まれ激痛が走る。そして、手の中を網目が通過し、手の甲まで到達した。右手はもう血だらけだった。次いで右腕……
 いよいよ顔が近づいてきた。一瞬目が見えなくなり、脳や首、胸などが切り刻まれていく。耳のそばを網目が通る際は、頭部や顔面を切り刻むなんとも気味の悪い音が頭に響いた。春江は叫ぶこともできないほどの激痛を感じながらも、ただ夢中で通り過ぎるしかなかった。
 ようやく春江は二の鳥居を通り抜けた。
 体中を切り刻み、即座に再生しながらも、激痛は全て残されたまま。やまない激痛にうちひしがれ力なく倒れ込むしかなかった。
 しかし、二の鳥居の中では更なる圧力と灼熱が待っていた。体中から煙を発するだけでなく、激痛癒えないその体を動かすことは、最早できなかった。そしてしまいには意識を失ってしまった。
 こんな過酷な試練を春江は耐え続けているのである。だからこそ千回詣をやろうとする者は少ない。ならば春江はよくやったと言えるのか? 否。春江が挫折しつつあるこの場所は、玉に至る道のほんの入り口。試練はまだ始まったばかりなのである。
「あ……あ……う……あ……」
 熱さのあまり気管が焼けただれ、呼吸が困難になってきた。肺や気管の辺り、つまり、喉や胸に激痛が走った。かきむしろうとするが、その指も熱のために焼けただれ動きを止めるしかなかった。膝をつき、空を見上げ、腕は首の辺りを押さえながら動きを止め、ただ力なくうめいた。
 春江は、鳥居をくぐり抜ける時に負った怪我、強烈な圧力、体中を焼き尽くすような熱に翻弄され、一歩も動くことができなくなっていた。それでも気持ちは、前に前に向いていた。地べたを這うように歩こうとするが、体中を駆けめぐる激痛がそれを阻む。爪で地面をひっかきながら、そして体中を震わせながら動こうとするが、体を前に進めることはできなかった。
 気持ちとは裏腹に、体はその動きを止めた。その直後、春江は、もしかしたらこれ以上は無理かもしれないという思いが頭をかすめた。それは千回詣をしている春江にとってあってはならない発想だった。気持ちの有り様によって春江を苦しめる痛みが変わってくる。確固たる気持ちが綻びることにより、その痛みが更に強まった。
 次第に春江はこの場から逃げ出したくなってきた。理性を失うほどの苦痛の中に居るため、当初の決意が揺らいできたのである。
 どうしてこんなことをしているのだろうと自分の行動にすら疑問にもつようになってきた。ここまで痛い思いをしてやることなのか……
 成仏という至高の目標があるにもかかわらず、激痛を伴う試練を目の前にしては、それが消し飛んでしまったのである。
 遂に、後戻りしようと後ろを振り向いてしまった。すると真後ろには体を切り刻んだ壁があったはずだが、鳥居だけあり壁は消えていた。春江は手を伸ばして本当に壁が消えているのか確かめようとした。確かに消えている。後戻りしても体を切り刻まれることはない。そう確信した途端、いち早くこの場から逃げ出したいという衝動に駆られた。
 その気持ちに呼応するかのように、入り口に向かって体が吸い寄せられた。春江は後戻りしたいという気持ちはあったが、これまでの経験から、体が吸い寄せられることに抵抗があった。しかし、吸い寄せられる方向が入り口だと気付くと、この流れに身を任せることが、この場から立ち去る最善の方法だと判断した。
 引き寄せられる流れに身を任せた春江は、あっという間に入り口である狛犬の前に到達した。力なく倒れ込んだ春江の前に、狛犬の石像があった。この石像が動き出し、春江をギロリと睨んだ。その瞬間、二体の狛犬は五歳ほどの少女に変身し、春江の前に立った。狛犬だった少女達は、春江を見下ろし冷たい視線を浴びせながら語り出した。
「成功には痛みが伴う」
「痛みは覚悟の証」
「汝の覚悟と痛みを天秤にかけよ」
「覚悟なきものは立ち去るがいい」
 二人の少女達はまるで一心同体のように声をそろえて言葉を発していた。姿は少女だがその正体は一体何だろうか。姿だけでは正体をつかめない。そんな世界である。
 春江は、少女達の警告めいた言葉を聞くまでもなく、意識を失って倒れ込んでしまった。少女達はあきれ顔でため息をつくと、機械的な動きをしながら狛犬が安置されていた台座に登っていった。そして元の狛犬に姿を変えた。
 後に残るのは、心配そうに春江を覗き込む仁木だけである。
「春江さん! 春江さん! しっかりしてください」
 必死に語りかけても春江は一向に反応しない。それどころか、白目をむいて倒れ込み、その表情は、死体のように生気が失われていた。
「早かったか……ここまで傷つくとは……」