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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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「あの鳥居の側に人がいるのが見えますか?」
「はい」
「あの方は結界官と呼ばれる天使なんです」
「え? 天使様? どうして?」
「この神社は地脈といって地下を流れるエネルギーを管理する場所なんです。このエネルギーをめあてにここを無断で悪用しようとする輩も多い。だから、結界という防御装置を作って、無断進入を防ごうとしているのです」
「その……結界というのをあの天使様が作っているということですか?」
「はい。結界は出入りする霊の穢れ(けがれ)に反応して進入を許可したり、拒否して弾いたりするのです」
「……私には……その穢れってものがあるんですか?」
「……自殺しましたからね……それだけでも穢れなんです」
「だったら弾かれて入れないんじゃないですか?」
「いいえ、入れます。しかし、大変な思いをしますが……結界の中に入ることが、穢れが浄化されてなくなるということなんですよ」
 自分が穢れていることに少なからずショックを受けた春江であったが、他の自殺者がどんな末路を辿っているのか目の当たりにしているため、受け入れるしかなかった。
「この神社は地脈を守るということだけではなく、自殺によって穢れた魂を助けるという役目もあるんです。この結界官達は、エネルギーの管理が主な任務ですが、この奥には転生管理官という魂の向上を目指す自殺者の協力者であり、本当に穢れを浄化する資格があるかどうか判断する試験官が控えています」
 春江は、仁木の大変な思いという言葉が引っかかっていた。どんな辛さがあるのか、ただ単に玉を取ってくるだけではなさそうだと思うに至った。
「大変な思いって……何ですか?」
「痛みです……体中に激痛が走ります。体中が焼かれるような……」
 春江は天使であるロンが憑依霊を地獄に堕とした時の風景が頭に浮かんだ。あの時、体が燃えていた。激痛にうちひしがれていた。あれに似た思いを自分がするのだと思うと恐怖のあまり足がすくみ震えてきた。
「心配ありません。春江さんだったらきっと……」
「……頑張ります……」
 春江は不安でいっぱいだった。自分は弱い人間だ。仁木は自分のことを何か勘違いしている。過度な期待を重荷に感じつつ、それでも本当の自分を出せずにいた。
 でも、成仏するためには避けては通れない道。異形なる者達が溢れるこの地に留まり、自分までも異形に墜ちることを考えると、少しでも前に進まないといけないと自らを奮い立たせる春江であった。
 仁木は春江に対して嘘や隠し事をしないように心掛けていた。ただでさえ誰も信じられなくなるような世界である。自分のことを信じてもらうには包み隠さず話すことだと心得ていた。
 しかし、千回詣の過酷さを話すことにはためらいを感じていた。始める前から怖じ気づき、スタートラインにすら立たないかもしれないという恐れからである。
 春江は強がっているものの、明らかに怯えている。それは仁木の目にも明かであった。しかし、成仏するためには通らねばならない道。仁木は春江を励ますしかなかった。
 仁木は、右側に安置されている狛犬のそばまで歩き、
「私は仁木龍生です。刑法三百二十四条第四項により城島春江を連れて参りました。千回詣の許可を」
 と言うと、石像のはずの狛犬がゆっくり動きながら話し出した。
「城島春江の千回詣を許可する」
 すると春江の首の周りが妖しく光り、暫くすると光った部分が紐になった。つまり春江の首に紐がネックレスのようにかかった形になった。
 春江はその紐を手に取りながら仁木に問う。
「これは何ですか?」
「千回詣といって、千回玉を取らないといけないんですよ」
「え! 千回もですか?!」
 春江は一回ですむと思っていただけに驚きを隠せない。
「はい。一回成功するたびにその紐に一つ玉が通される。数珠みたいになるんですよ。千個たまったら晴れて成仏できるようになるんですよ」
「はあ……千回ですか……」
「穢れがなくなるたびに痛みが少なくなります。きついのは初めだけですよ」
 仁木は精一杯慰めようとするが、気休めにもならなかった。春江は思った以上にハードルの高い試練に、うなだれるしかなかった。
 しかし、春江は気持ちの整理をつけ試練を受け入れようと腹をくくった。これを乗り越えないと何も始まらない。そう思うことで何とか自分を奮い立たせた。震える足を引きずりながら、一の鳥居の前に立った。
 一の鳥居の前に立った春江は、異常なまでの圧迫感を感じた。それは、極度の緊張によるものなのか、はたまた神社という特別な空間が発するものか知るよしもなかった。春江はただ、目の前にある鳥居をくぐり抜けるしかなかった。
 春江を背にして鳥居の足に立ち、何か呪文のようなものをもごもご唱えている天使がいる。春江は神社と天使という不釣り合いな組み合わせに違和感を感じながら、通り過ぎようとした。すると、この天使は呪文を唱えることをやめ、春江の方を向いた。
 しかし、鼻で笑うかのような侮蔑の表情を浮かべた後、何事もなかったように前の動きに戻った。春江は、天使なのにどうして冷たい目をしているのだろうと、悲しみの眼で仁木を見つめた。
「玉までたどり着けないと思っているんですよ。春江さん。見返してやりましょう!」
 春江は、ゆっくり頷いて、鳥居の前に再度たった。見上げると思ったよりも大きく、今にも吸い込まれそうな錯覚を覚えた。緊張した面持ちでゆっくりと眺めていると、あることに気がついた。
「壁が……ある?」
 よく見ると鳥居の内と外を隔てるように透明の壁がある。鳥居の中に入ることはできそうだが、何かエネルギーみたいなものが充満しているようにも見え、鳥居をくぐることで、全く異質の空間に入り込むのではないかと容易に直感できる程の迫力があった。
 先程の天使は、この異質の空間を保つために呪文を唱えているようにも見える。この場は、異形なる者が跋扈する荒んだ空間ではない。何か特別なものが特別な目的で存在するのではないか。春江は、自分がやろうとしてることは、もしかしたら突拍子もないことではないかと、怯えに似た感情に襲われた。
 しかし、その怯えとは対照的に春江の足は確実に前進していた。春江は、生前、ロープを首にかけようとしたあの瞬間を思いだした。あの時もそうだった。気持ちとは裏腹に体が勝手に動く。本能的に拒絶しようとしても、覚悟を決めた強い意志で体を動かす。春江は本能すらも凌駕する強靱な意志力をもっていたのだ。この特異な性質を春江自身、気付かずにいた。
 春江はようやく一の鳥居をくぐった。その途端、強烈な圧力を感じた。周りの空気全てが春江を圧迫する。
 あまりにも強い圧力のため、呼吸が十分にできず、はあはあと息が上がる。
 特に上からの圧力は凄まじいものだった。自分の重さが二倍にも三倍にもなったように感じ、二本足で歩くことが困難になった。膝をつき、時には手を地面につけながら這うように進むしかなかった。
「はあ……はあ……はあ……」