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郊外物語

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ではなく、大学に入ってからずっと、私のボディガードを命じられていたようで、チンピラに絡まれたとき、どこからともなく現れて追っ払ってくれたことがありました。クーペからはもうひとり別の、ハンチングをかぶった男が降りてきました。黒い皮のジャンパーを着ています。その男も刃物を取り出しました。ジャックナイフでした。達郎の喉をめがけて伸びていきます。達郎は腰をかがめて左肩越しにそれをかわすと、アンダースローのピッチャーのように、伸ばした右腕を地面すれすれに振りました。ただし、右足を相手の足の間ほども前に踏み込みます。意外なほどにリーチが長くなります。達郎は狙いをあやまたず、その男の肛門をナイフで突きあげました。男はばね仕掛けのように跳ね上がりました。ズボンの穴から大量の血が音を立てて歩道に垂れ落ち、雨にぐしょぬれの桜の花びらを覆っていきます。私はあることを思い出しました。江戸時代に、ぽっくり死にたいと思っている老人達のために、ぽっくり寺があちこちにあったそうです。念仏を唱えている老人が坐っている座布団の下には、穴がくりぬいてあって、縁の下から槍で肛門を突いて即死させたそうです。この男も即死か? 私は震え上がりました。達郎は、タップを踏むように跳ねながらよろめく男の横に並ぶと、回し蹴りをくれてやはり玉川上水に落としました。ヒロシは、大変だぁ、と悲鳴を上げると、達郎を睨みながら横走りで橋のたもとまで行き、右足を欄干にかけて飛び込もうとしました。ただ、左足の甲が欄干に引っかかり、両手で万歳をしたまま頭から墜落していきました。雨音だけになりました。二時になっていました。
達郎が運転席に乗り込もうとしました。私は後部座席から大型バッグを引っ張り上げました。スポーツドリンクの二リットル入りのペットボトルを取り出すと、ドアの外で上着を脱がせて、手を洗わせました。二リットル使い切りました。傷だらけの左腕には、らくだのシャツを巻きつけました。セーターを着せたところで、達郎は車をスタートさせました。五日市街道に戻ると左折して西に向かいます。次の信号を過ぎるとき、オレンジ色に光る大きなランプが対をなして点々と千メートル以上も続いているのが右手に見えました。米軍横田基地の滑走路が、街道と直交しているのです。このときの遠近感というか奥行き感は、今見たばかりの桜のトンネルを思い出させました
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦