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郊外物語

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その日の午後、私は、達郎の住んでいた住居を訪ねました。小布施という街に向かって歩いていきました。私は、道と平行して流れる千曲川の水の匂いをすがすがしく感じました。見渡す限りのりんご園の真ん中を、私は突っ切って歩いていきました。ひとつのりんご園が数ヘクタールほどの広さだと聞きました。八月の陽光のもとで、りんごはそろそろ色づき始めています。その半数は、袋がかぶされています。光を通す透明の袋、半分だけ通す白い袋と、光を通さない黒い袋、青緑色の袋があります。南風が吹きおこるたびに、袋たちは、噂話をするように、平原のここあそこでささやきあっていました。
私は上田フルーツ農場の事務所に行って、新庄が昔暮していた家を教えてもらいました。四十年配の、赤銅色に日焼けした男が案内してくれました。彼は、私の切羽詰った気配に同情したのか、とても親切でした。もう死んでるやろうね、と前を歩くその人がつぶやきました。私はびっくりしました。誰が? どうも新庄の母親のことのようでした。案内の男はため息をつきました。私が問いかけないのに、貞っぺは、先代のこれだったんよ、と私を振り返って小指を突き出しました。彼の語るところによると、貞子さんは、上田農場に三つ四つのころに連れてこられ、りんご園の少女として育ったそうです。語っている当人はかつてりんご園の少年だったのでしょう。貞子さんは先代の上田さんに手込めにされ十八歳で達郎を産んだ、その後、ほかに行き場もないのでいやいやながら上田さんの世話になっていたが、息子が事件をおこした後に姿を消した、ということでした。達郎が、上田さん宅から、現金や有価証券等大金を盗んで長野市内に逃亡したそうです。農場はそのせいで大迷惑をし、牧場を売って急場をしのいだそうです。おまけにその先代は死んでしまう。貞子さんは私も死んでお詫びをするといって、出て行ってしまいました。おらが、いっかな、よしてくれろととめたのに、ちょっと目をはなした隙に、とその人はつぶやきました。出奔前に貞子さんが彼にそんな重大事を打ち明けていたとは。彼は貞子さんの何だったのでしょうか。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦