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郊外物語

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私は大学四年の夏休み、六月末から飯田に帰省していました。卒論の下書きのために、二、三冊読んでおかねばならない参考書がありました。私は、毎日うちの廊下に籐椅子を出して、辞書を引き引き格闘していたんです。廊下より一段下に、竹の腰掛が庭に向けて張ってあり、縁側になっていましたね。今でもそうですか? 洒落た造りで、私は子供のころから気にいっていました。秋までに、庭の改造をしたいというお父さまの意向で、あの運動場みたいに広い庭に、七月はじめから十人ほども庭師が入り込んで、連日工事を続けていましたね。お父さま自身の方針があやふやで、広葉樹を増やすか減らすか、築山を高くするか低くするか、池を拡げるか埋めてしまうか、いちいち逡巡していらしたので、庭師達も苦笑してましたよね。ただひとり苦笑もしなければくしゃみもしない、黙々と石運びや穴掘りに精をだす庭師がいました。茶髪の頭にオレンジ色のバンダナを巻き、黒いだぼシャツを着ていました。汗でシャツが身体に張り付き、盛り上がる胸と肩の筋肉が彫刻のようでした。ギリシャ彫刻は皆白っぽいですが、彼は、褐色のギリシャ彫刻でした。しかも動いてましたからね。子供のころにハマってた機動戦士ガンダムみたいでした。ニッカポッカと地下足袋を穿いています。上目遣いをすると、大きなギョロ目の持ち主であることがわかりますが、普段は仏像のように、半眼であたりを睥睨しています。悠揚迫らざるその物腰、穏やかな、しかし自信をうかがわせる低い口調。礼儀正しく、サボるなどもってのほか、作業態度は真剣そのもので熱っぽくさえあり、ぺこぺこせず偉ぶりもせず、決して文句を言わず、昼食の時もお茶の時も、先輩達から離れてひとり静かに腰を下ろし、咀嚼し、喉をうごめかせ、音を立てずにあくびをして、瞑想にふけっていました。木の下に憩うオスの豹のようです。満を持している風でした。歳が最も下で、先輩達から顎で使われていました。しかし、その男の持つ威圧感に、周りの者が辟易としているのがよくわかりました。単純至極な、繰り返しがほとんどの、つまらない肉体労働を、炎天下、シジフォスのように間断なく続けていく姿勢に、私は感動を覚えました。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦