郊外物語
間接的に知ったところでは、長野の女郎蜘蛛という暴走族の頭だったそうです。そのころは引退していて、庭師になって一年目でした。飯田市内の桐生植木店に、手伝い職人として住み込んでいましたが、うちの仕事が終わるとまた長野に帰るそうです。私より歳がひとつ下でした。私は毎日廊下からあの男を観察していました。身振りしぐさの細部一つ一つから、私は勝手な妄想をほしいままにして楽しみました。私に観察されているのをとうに気づいていたはずですが、あいつは態度をまったく変えませんでした。先輩からいじめられようが、私から見つめられようが、ペースを変えずに義務をこなしていく姿は、無意味と空虚に動じない勇気と諦観を体現しているようで、私はしびれてしまったのです。
私はある日の昼下がり、サンダルをつっかけて庭に降りると、散歩する振りをして、その男のそばを通り過ぎ、木戸の鍵を開けておくから夜おいで、と言ってしまいました。ねぇ、私って、悪い子でしょ? ある日とは、あの年の八月四日のことです。その日から三泊四日でお父さまは森林組合の方達と北海道旅行に行きました。お手伝いの八重子さんは、そのあいだお休みをとりました。お父さまが連れてったと私は睨んでるけどね。お母さまが亡くなってすぐに、うちに来たんだったわよね。お母さまの中学時代の親友だった。八重子さん、いまどうしていらっしゃるでしょうか、なんてっちゃって。私、ときどき八重子さんに手紙を出してるの。あちらからお便りもいただくわ。お父さまやお父さまの周辺に関しての第一の情報源は彼女よ。私、もう、バラしちゃったけど、私が悪いの。私はもう、小さかろうが大きかろうが隠し事をしていられなくなったの。八重子さんを、私との文通について今まで黙っていたからといって、どうか責めないでね。